中庭のカエル
翌日の朝、クロードが部屋に訪ねて来た。
「お、おはようございます。クロード様」
マリアは気まずい気持ちを極力隠し、できるだけ自然に挨拶をした。
「お、おはようソフィ……」
クロードも気まずそうに一応の、挨拶したが、黙ってしまう。
(やっぱり気まずい……かなり気まずい!はぁ、あんなところでクロード様に会うなんて)
マリアは昨夜の慌てるクロードを思い出し、逆に自分が恥ずかしくなった。あの音や息遣いを思い出し顔が赤くなる。両手で頬を押さえ赤くなる顔を隠す。
「ソフィ……俺の方が恥ずかしいぞ」
クロードは一人顔を赤るマリアを見て苦笑いを浮かべ言った。その言葉にマリアは妙に納得し、両手を頬から離し、クロードを見つめ言った。
「確かに。確かにそうですよね。私は全然恥ずかしく無いです。クロード様は私より恥ずかしいですよね!」
マリアは自分の言葉に納得し、笑顔をクロードに向ける。クロードは片眉をあげマリアを睨みつけ言った。
「改めて言われるとなんとも言えないな、ソフィ、私より恥ずかしい、は無いんじゃないか!?」
マリアはその言葉に吹き出した。
「プッ、お互い、夢を、夢を見たと言うことで!!」
「アハハハ、ソフィは面白いな!」
クロードも笑い出す。美青年が笑うと周りが華やかに見える。目の保養だ。
「うふふ、ありがとうございます!クロード様にそう言っていただけると嬉しいです。初めてあった時、本当に怖かったし……」
マリアはあの日を思い出し肩を落とす。
「まあ、あの時は色々あったしな、ところで進展してるか?」
クロードはマリアの肩をポンポンと叩き、慰めるように聞いた。
「あ、まだです。まず、ソフィという人間を知ろうと、情報を集めているんです」
マリアはクロードの気持ちに応えるよう頭を下げ言った。
「そうか……俺たちも足取りを追っているんだがなかなか難しくってな」
マリアはその言葉を聞き唇を結んだ。
(一体ソフィはどこに行ってしまったのだろう?)
「そうですか……でもありがとうございます。そう言って頂けて嬉しいです」
「ありがとう?嬉しい?なんで?」
クロードはマリアの言葉を聞き首を傾げる。礼を言われることは何もしていない。
「あの、クロード様達からしたら私でもソフィでもどっちでも良いじゃ無いですか?辻褄さえ合えば。でも、そんな中でも探してくれている事は私にとって本当に嬉しい事……ありがとうございます!これで見つからなくても恨まずに死ねそうです」
マリアは笑顔を浮かべクロードに言った。
「ハハ、お前には弱み握られたからな、協力するよ!じゃあまた!」
立ち去ろうとするクロードにマリアは思い出したように声をかけた。
「あ、クロード様、あの部屋を使う時は事前に言って下さいね!」
クロードはその言葉に片手を上げて答え、去っていった。
「ウフフ」
マリアは笑った。その笑いは喜びの笑いだ。クロードの事はあまり知らなかった。けれど、昨日の事があり、気軽に話せるようになった。あの四人の中で一番そっけなく、話したことのなかった人が秘密を共有出来る仲になった。悪い人たちじゃない。マリアはあの四人を嫌いになれない。殺されそうになったけれど、人々は彼らを支持し、実際、彼らは正しく国を治めているように見える。
だからこそ、本物のソフィーを探し、真っ当な裁判を受けさせなければならない。
マリアはテーブルの上にあるソフィの情報が書かれている紙を読み始めた。様々な情報が書いてある。集中し読み続け、あっという間に三時間が過ぎた。流石に疲れ、気分転換をしようと立ち上がった。そのまま部屋を出て、散歩でもしようと中庭に出る。
庭園から音楽が聞こえ、華やかに着飾った貴族達が庭園を優雅に歩いていた。パーティが開催されているようだ。
マリアは彼らを横目に、邪魔をしないよう人気の少ない場所を歩きだした。
「今日のエリゼ様、本当に素敵ね」
「今日だけじゃなくていつも素敵だわ」
美しく着飾った女性達がエリゼの噂をしている。
マリアはその噂を聞きながらエリゼのことを考えた。
(確かにあの人は素敵だと思う)
マリアも令嬢の意見に同意する。
「でもあの噂本当だったのかしら?ソフィ姫の事」
「嫌よ!そんなの噂よ。」
(ソフィ?)
マリアは首を傾げ話の続きを聞く。一体何の話なのか興味もある。
「エリゼ様、ソフィ姫を抱きかかえたりしたそうよ!それになにかと気にしてるらしいし」
「噂本当だったの?嫌よ……」
マリアはその話を聞いて目を丸くした。確かに抱き抱えてもらったが、そんな関係ではない。
『違います!誤解です』と否定したかったが、それはそれで面倒に巻き込まれる可能性がある。
ここは静かに立ち去った方が良いと判断しマリアは身を屈めその場から立ち去ろうと歩き出した。しかし、運悪く前方からエリゼが現れた。
できるだけ静かに立ち去りたいと思っていたマリアはため息を吐く。
「ソフィ?何をしている?」
「あ……エリゼ様、こ、こんにちは」
マリアはエリゼから目を逸らし、頭を下げ挨拶をした。エリゼの隣には美しい姫がいる。エリゼがエスコートしているということは、そのような仲の女性なのだろう。
「エリゼ様、ソフィ様?ですか?」
その姫がマリアを見て言った。声も可愛らしい。クールなエリゼに可愛らしい姫、お似合いだ。マリアは俯いたまま頭を下げる。
「ああ、ソフィだ。今は執行猶予中で自由にさせて居る。気にする事はない」
エリゼが言った。マリアはその言葉に唇を結ぶ。
(気にする事はないってどう言う意味?何だかモヤモヤする)
「失礼……します」
マリアはそのまま立ち去ろうとしたが、エリゼはマリアの腕を掴み言った。
「ソフィも一緒にどうだ?」
マリアは驚き顔をあげエリゼを見る。エリゼは優しく笑みを浮かべマリアに笑いかけた。
(そんな笑顔見せてくれるの?でも、)
マリアは神妙な顔をし隣の姫を見る。その姫はエリゼの言葉に驚いた顔をしたがすぐに笑顔を浮かべ言った。
「ソフィ様もご一緒にどうぞ」
マリアはエリゼがどうしてそんな事を言ったのか分からなかった。
ドレスも着ていない、教養もない自分がなぜ?そう思ったが断るわけもいかず頭を下げた。
気まずい中マリアは二人から少し離れトボトボと二人の後を着いて行く。エリゼは姫の手を取りスマートな笑顔を浮かべながらマリアにも視線を向ける。
その柔らかい微笑みに胸が高鳴る。だが、場違いなマリアはエリゼから目を逸らし足元を見つめ歩く。
「きゃー!!」
突然姫が声を上げマリアは驚き顔を上げる。姫は足元を見て悲鳴をあげエリゼに抱きついた。
エリゼは首を傾げながら姫を受け止める。どこからか近衛兵が現れ二人を守るように取り囲んだ。
マリアは近衛兵の後ろからエリゼ達を覗き込む。
「大丈夫だ、カエルにプリシア姫が驚いたようだ」
エリゼは足元を指差し、近衛兵に言った。近衛兵は徐に剣を抜きカエルを殺そうとした。
「待って!!」
マリアは近衛兵を押し退け、走ってカエルの所にゆき、両手で優しく掴み言った。
「カエルには罪がないです。ただ表に出て来ただけで殺したら可哀想です。あの、お姫様が怖いのなら私がこの子を城の外で放ちますから、どうか殺さないで下さい」
マリアはそう言ってカエルを持って城の外に出た。
「ここなら殺されない。大丈夫よ」
そう言ってカエルを草むらに逃した。存在するだけで殺されるなど理不尽だ。
(生きるや死ぬは、簡単に人が決めて良いことじゃない)
マリアは両手を握り瞼を閉じた。このままここの城から逃げ出したい。けれどそれは出来ない。かといってエリゼとあの女性のところにも行きたくない。
(……このまま、部屋に戻ろう!)
マリアは二人の元に戻りたくなかった。自分一人だけ違う人間だと感じてしまう。それに、エリゼが女性といる所を見たくなかった。
マリアは先ほどの、二人の姿を思い出し複雑な心境になった。けれど、その理由をあまり考えたくない。小さく首を振り空を見上げる。
青い空。この世界の空も青く、澄んだ空気が清らかに感じ、マリアの心は重くなった。
(この世界にいても良いのだろうか?)
唇をギュッと結び、城に戻ろうと来た道を振り返った。
エリゼが目の前に立っていた。




