お礼の品
「ソフィ、エリゼだ」
マリアの腕を掴んでいたのはエリゼだった。マリアは驚きと安堵で腰が抜けた。
「ああ、エリゼ様……もう驚き過ぎて、腰が、抜けました」
マリアはエリゼを見上げ言った。振動が飛び出そうなほどの驚きで両手が震えている。
「こんな真夜中に何をしている?しかもそんな格好で」
エリゼは不思議そうにマリアを覗き込んだ。
(うわ、かっこいい……)
マリアは久しぶりにエリゼを近くで見て、その美貌に見惚れる。
深夜ということもあり、エリゼはラフな格好をしているが、そのラフさが元いた世界のキレイ系男子のようでマリアの胸は高鳴る。急にエリゼを意識し、顔が火照るが、暗闇にほのかなランプの灯りのお陰で助かった。
「ソフィ?」
エリゼは聞いてるの?というニュアンスで名前を呼ぶ。マリアは我にかえり慌てて話し出す。
「あ、今勤務中なんです。バイト……じゃなくて、仕事をはじめまして、それで、あの、北側にお化けが、お化けがでて……」
支離滅裂になってしまった。エリゼは目を丸くしマリアの言葉に耳を傾け、聞いた。
「ソフィ?勤務を?なぜ?どこで?どうして?」
「あ、仕事を始めて二週間目です。お城の管理棟で午前零時時から三時までの勤務をしています!」
マリアは笑顔を浮かべ、驚くエリゼに話す。
「管理棟?ソフィ?なぜ働いている?」
エリゼは怪訝な豊穣を浮かべ言った。
「あ、私。恥ずかしながら、実はお金を持っていなくて。働かないとエリゼ様にお礼も出来ないのです」
マリアは肩を落とし俯いた。
「お金がない?俺にお礼?一体なんのことだ?」
エリゼは首を傾けマリアを覗き込むように聞く。
「あの、私、異世界からここに来てお金持っていないのです。働かないといけません。だけどソフィとして人に顔を知られていますからなかなか仕事がなくて。仲良くなった方に紹介していただいて働きはじめました」
「俺にお礼とは??」
エリゼは俯くマリアを見つめ聞く。
「先日、マントをお借りして返そうと思い持ってゆきましたが、エリゼ様にお返しする時はお礼の品がいると言われて。私は、お金がありませんので働いたお金で買おうと思って。すみません。。すぐにお返ししたかったのですが……」
マリアは申し訳なく頭を下げ謝った。ソフィの身代わりのバイト代が入ればなんでもないことだが、結局お金が入らず、ソフィの身代わりとして死刑を待つ身となってしまった。マリアは悔しさに両手を握った。
「……」
エリゼは何も言わない。
「あの、エリゼ様、本当にすみません。頑張って働きますのでお待ちいただけますでしょうか?」
マリアは何も答えないエリゼに不安を感じた。お金がないから身代わりを引き受けた考えなしの人間と軽蔑されたかもしれない。
「……ソフィ」
エリゼはマリアの前に立ち片膝をついてマリアの手を取った。
マリアは目の前で跪くエリゼを見て背筋が伸びた。こんなことをしてもらったことは一度もないし、上目遣いにマリアを見つめるエリゼに心を奪われる。
「は、はい!!すみません!!」
マリアはこの状況に戸惑いもう一度謝った。
「ソフィ……俺のために?」エリゼは言った。
「はい。でもお礼の品を買えるのは少し先になりそうです」
マリアは視線を落としエリゼに言った。高級な品が買えるまでには相当な期間が必要だ。
「なぜ」
エリゼはイマイチ分かっていない。平民の感覚がないのだ。
「金細工とか、宝石とか、まだ買えそうな稼ぎがなくて、すみません」
マリアは正直に言った。二週間の働きでは何も買えない。日中はソフィを探し、深夜にバイト、思うように稼げないのだ。確かに、城の外に出てバーなどで働けば稼げなくはない。だが、城の中の人間はマリアはソフィではないと気がついているが、多くの国民はマリアをソフィだと思っている。そんな状況で外に出ることは危険すぎて出来ない。ましてや働くなどあり得ないのだ。
両手を握り落ち込んでいるマリアにエリゼは優しく語りかける。
「ソフィ、お礼の品なんて要らない。俺は大抵のものは手に入る。だが、俺のために金貨一枚も持っていない人が、そんな人が働いてくれていることの方が嬉しいんだ」
その言葉を聞き、マリアは顔を上げる。一見すると優しい言葉だが、よくよく考えると馬鹿にしているようにも聞こえる。
「……それ嫌味ですか?どうせ私は無一文ですよ、何も持っていませんし、何も手に入りません。でも、こ、国王だからって酷い」
「あははは!すまない、嫌味じゃない、嬉しいと言っているんだ」
「本当ですか?なんだか怪しいです」
マリアはしかめ面を浮かべエリゼの顔を見た。エリゼは両手の平をマリアに向けごめんごめん、というようなジェスチャーをしながらマリアに言った。
「本当だよ。ソフィ」
エリゼはそう言いながらマリアが被っているフードに手を伸ばし、それを外し、マリアの顔を覗きこんだ。マリアはエリゼの行動に戸惑う。
(エリゼ様の顔が目の前に!)
「なぜフードを??」
マリアは目の前で微笑むエリゼの眼差しに心臓を射抜かれた。
(私、エリゼ様を好きになってしまいそう……)
マリアは毛布の両端を握り息を呑んだ。