マント
翌日、エリゼの言葉どうりドアの鍵も撤去され、マリアは自由に動き回ることができるようになった。
『本物のソフィを探す』
残り一年で探し出さなければマリアは身代わりに処刑されてしまう。マリアは本物のソフィを探すために、まずソフィを知ることから始めようと動き出した。
そして一番合理的な方法、城に仕える使用人やメイド達に声をかけることから始めた。
今この城にいる使用人やメイドは前王の時から変わっていない。だが問題が起きた。マリアが彼らに話しかけると、皆逃げたり無視をしたりし、誰一人話を聞いてくれる人間はいなかった。
彼らはマリアがソフィじゃないと薄々気がついているようだが、面倒なことに関わりたくないのだ。
しかし諦める訳にはいかない。
マリアは髪を結びタンクトップとホットパンツを履き、その上から簡単なワンピースを着て河原に行った。
河原には沢山の洗濯物があり使用人たちが洗濯をしている。
マリアはワンピースを脱ぎタンクトップ姿で洗濯の手伝いを始めた。突然の行動に使用人たちは驚き遠巻きにマリアを見つめる。マリアは見よう見まねで洗濯をしていたが、見かねた年配の使用人が声をかけて来た。
「ソフィ様、それではきれいになりません。」
そう言って洗濯の手順を教えてくれた。
「ありがとうございます、この世界に洗濯機があれば楽なのに」
と言いながら、聞かれてもいない洗濯機の話をした。その使用人は手を動かしながらマリアの話を聞いている。
「そんな便利なものがここにもあれば、冬でもあかぎれにならずに済むのに」
年配の使用人が羨ましそうな表情を浮かべ言った。マリアはその言葉を聞き手を止めた。
「……私が言った事を信じてくれるのですか?」
マリアは勇気を出しその使用人に問いかける。手に握った洗濯物からポタポタと水が落ちる。
「……、あんたとソフィ様は全然違う。顔が似ているだけで全て違うよ、城の者、皆、本当はわかっているんだよ」
その使用人はマリアの握っている洗濯物を取り上げ両手で絞る。
「あ、ありがとうございます!嬉しいです。」
マリアはその使用人に頭を下げる。そしてことの経緯を説明し言った。
「あの、私はソフィ様のこと、本当に何も知らないので、情報を頂ければと……」
その使用人は手を動かしながらマリアの話を聞き、大きく頷き言った。
「ああ、わかった、情報をまとめてあんたに話すよ。で、あんた名前は?」
「マリアです」
マリアは名前を聞かれた喜びで心が躍る。ここに来て会ったばかりなのに話を聞いてくれ、信じてくれ、名前を聞いてくれた人間に初めてあったのだ。
「私はミケーラだよ」
そう言ってミケーラはマリアにウィンクし笑った。ミケーラは四、五十代くらいの女性でこの洗濯場を取り仕切っている女性だった。皆にお母さんと慕われており、ミケーラに認められたマリアに皆も警戒心を解いた。
「ありがとうございます、ミケーラさん。よろしくお願いします」
その後マリアはミケーラ達と打ち解け様々な話をしながら洗濯仕事を手伝い、昼過ぎに城へ戻った。
城に戻ると庭園ではパーティーが開かれており、エリゼ、クロード、タチアナが貴族達を接待している姿が見えた。早速新王の元、社交が始まったのだ。
マリアは庭園の端からその様子を見つめていた。どの世界でも上に立つものには求められる姿がある。王にはどのような仕事があるのかわからないが、自分を殺して生きている部分もあるのだろうとエリゼのクールな微笑みを見つめ思った。
ふと、エリゼの隣にいたタチアナと目があった。
タチアナはマリアを見て驚いた顔をし、何か慌てている。マリアは不思議に思いタチアナを見ているとタチアナはマリアを指差し自分のドレスを指差している。
「あっ!」
マリアは気がついた。先ほど河原でワンピースを脱ぎ洗濯をし、そのままタンクトップ姿でここにきてしまったのだ。マリアは異世界の人間だ。そんな姿を人に見られても平気だが、この世界のあのタチアナの反応からすると平気ではなさそうだ。きっと破廉恥極まりない姿かもしれない。
(どうしよう……)
マリアは一瞬焦った。しかし冷静になり、自分は異世界の人間だとこの際皆に知ってもらう良い機会になるかもしれないと、笑顔でタチアナに手を振った。
しかしマリアの姿を見たタチアナはなぜか顔が真っ赤になり「何か羽織りなさい」というジェスチャーをした。だがマリアは笑顔で答える。
「OKです!」
そう言って笑顔を浮かべOKのジェスチャーをした。が、OKって通じるの?という疑問が生じ立ち止まった。そして改めてタチアナに向って「大丈夫です!」と笑顔で返事をした。
その声にエリゼがマリアの存在に気がついた。エリゼは王様らしく正装している。エリゼのマント姿はマリアにとって眩しく映る。
マリアは笑顔を浮かべエリゼにも手を振った。エリゼはマリアの姿を見て目を丸くし、顔に手を当てて笑っている。
その姿を見たマリアは、そんなに面白いのかしら?と思いつつ、お腹も空いたし部屋に帰ろうとエリゼに頭を下げ、歩き始めた。
「ソフィ様!」
マリアは誰かに呼び止められた。
(ソフィって私のことだよね?)
マリアは振り向くと、エリゼの近くにいた近衛兵の一人がマリアにマントを手渡した。
「これは?」
マリアはマントを受け取り首を傾げ聞く。
「エリゼ様がこれを羽織って部屋に戻るように仰っております」
そう言ってマリアにマントを掛けた。そのマントはとても質の良いシルクで作ってあり表面が美しい光沢を浮かべている。きっと高価なものだ。
(さらさらして気持ちがいい)
マリアはそれを羽織りながらエリゼの方を見た。エリゼもマリアを見ていた。
(どきっとする!)
マリアは胸の鼓動を抑えるようにマントを胸の位置で握り、少し首を傾けながら頭を下げた。エリゼは片手を上げマリアはもう一度頭を下げ部屋に戻った。
部屋に戻る途中、使用人やメイドが国王のマントを羽織るマリアを驚いた表情を浮かべる。マリアは明るく「お疲れ様です」と頭を下げながら部屋に戻った。
部屋に戻りエリゼから借りたマントをきれいにたたみながら、今日の出来事を思い返していた。
洗濯場の皆と交流ができたこと。それだけでも大きな進歩だ。マリアは窓辺に移動して庭園を眺め気がついた。
(あ、マント返さなきゃ)
マリアはクロゼットの中から適当なワンピースに着替え、たたんだマントを持って部屋を出た。
中庭に出るとまだ接待の途中だったのかエリゼの姿が見えた。
マリアはマントを持ってエリゼに近づく。ところが近衛兵が行手を阻んだ。
「あの、エリゼ様にこれをお返ししたいのですが」
マリアはマントを近衛兵に差し出した。
「ソフィ様、このマントはそのままお返しすることはできません。お礼の品と共にお返しください」
近衛兵は言いづらそうにこの世界の常識を教えてくれた。
「あの、お礼の品とはどんなものでしょうか?」
マリアは想像もつかないお礼の品について聞く。近衛兵は優しく笑い言った。
「ハハ、一般的な貴族ですと、宝石のブローチや、金細工のようなちょっとした物です」
マリアはその言葉を聞きショックを受けた。なぜならお金を持っていないからだ。
「そうなんですか……わかりました。ご親切にありがとうございます」
マリアは礼を言い又、部屋に戻った。
(お金がない)
マリアはお金やお金に変わるものを何一つもっていないことに気がついた。
(お礼の品を買うために、バイト、バイトしないと!!)
マリアはまた先ほどの河原まで行き、ミケーラを探した。
「あのミケーラさん、私、バイト…………仕事をしたいのですが、紹介して頂けませんか?」
「仕事!?あんたって突拍子のない子だね。しかし仕事するにしても顔がわれているからね……」
そう言ってミケーラは少し考え、言った。
「あんたにピッタリな仕事があるよ」
ミケーラは今のマリアにぴったりな仕事を紹介してくれた。




