第1話 甦る記憶、そして婚約
―――次に生まれてくる時は
十代で彼女ができて
二十代で結婚ができる
そんな人生を歩みたい―――
――――…………!
俺はドキッとして目が覚めた。
(何だ……今の夢は……?)
妙にリアルな夢だった気がするが。
俺はたった今まで見ていたリアル過ぎる夢を思い出そうと、再び目を瞑った。
すると、怒涛のように様々な出来事の記憶が俺の頭に押し寄せて来た。
(な……なんだ、一体!?)
俺は恐ろしくなって目を開けようとしたが、開けることができなかった。
なおも様々な記憶が甦る。
(これは、夢じゃない……これは……前世の記憶……!?)
やっとのことで怒涛が収まり、俺は目を開けて天井を見た。
俺の部屋だ。リガ王国ノール伯爵家の屋敷の俺の部屋で間違いない。
(そうだ、前世の俺は日本人だった……)
だが今俺がいるリガ王国は日本人だった時には知らなかった国だ。
(いわゆる異世界ってやつか……)
そうしているうちにも、この国で十八年間生きてきた経験に日本人だった頃の記憶が混ざり合っていく。
どうにも頭が混乱して奇妙な感覚だが、少しずつでも慣らしていくしかない。
俺は体を起こし、ベッド脇の鏡に自分の顔を映す。
(いつ見てもブサイクな顔だ)
そう、俺はいわゆるブサメンだ。前世でもそうだった。
その、ブサメンのせいで前世では全く女性に縁がなかった。
(そうだった……彼女いない歴=年齢のまま一生を終わっちまったんだっけ……)
さみしい記憶が押し寄せてきて、俺はベッドの上で朝っぱらから大きなため息をついた。
今日は俺の十八歳の誕生日。
前世での十八歳の頃の自分の顔は、鮮明に覚えているというわけではない。
だが、今の顔は髪と目の色を除けばほぼ前世と同じ顔のように思う。
(そう言えば、今の俺の顔、ノール家の遠い親戚のおじさんに似てるって言われたことがあるな……)
一族の中でも珍しい顔立ちらしい。そのおじさんは生涯独身だったそうだ。
(また前世と同じ、非モテのまま人生が終わっちゃうんだろか……)
なんて考えていると、ドアにノックがあった。
「おはようございます、ノッシュ様」
ドアが開き、執事が入って来た。
「おはよう」
俺はベッドから降りながら答えた。
「今日はご婚約の儀がございますので、お早めにご準備を」
カーテンを開けながら執事が言った。
「そうだったね……」
もちろん覚えている。
今日で十八歳になる俺は、公爵家のご令嬢と婚約することになっている。
もちろん政略だ。
(こんなブサメンで、しかも陰キャコミュ障な俺でも婚約できるんだな……)
改めて貴族って得だなと思ってしまう。
(早くも前世の願いの一つ『十代で彼女を』が叶うのか)
などと考えながら着替えをする。
が、俺は、この考えが甘かったことをすぐに思い知ることになる。
(すっごい睨んでる……)
その日の昼前、大広間で俺は婚約者と対面した。
お相手はアルヴァ公爵家のテシリア嬢。
年齢は俺と同じ十八歳で、鮮やかな金髪に空色の瞳のとても美しい女性だ。
その美しい顔で真正面から俺を睨みつけている。
(何もそこまで睨まなくても……)
とはいえ、公爵令嬢からすれば俺は伯爵家の三男坊、明らかな格下、しかもこのブサメンだ。
こんなのが婚約者じゃ嫌で仕方ないだろう。
お互いの紹介の時も俺は、
「よろしくお願いします」
と頭を下げて挨拶したが、テシリア嬢は無言で頭を下げただけだった。
(大丈夫、大丈夫、こんなのは慣れっこ慣れっこ)
女子からの塩対応耐性には自信がある。前世でも修行を積んでいるからな。
一通り挨拶が終わった後、昼食会となったわけだが、その間もテシリア嬢は一言も話さなかった。
俺も、一言も話さないようにした。
何も言わなくてもあんなに睨まれるんだから、何か気に障ることの一つでも言ってしまったが最後、とんでもない事態に陥ることは間違いなしだ。
そんな場の空気を変えようとするかのように、俺の両親とアルヴァ公爵夫妻が熱心に話をしている。
「これを期に、王国の防衛をより一層強化していきたいものだね」
と、アルヴァ公爵。
「そうだね、アルヴァ公爵領は対魔王国の最前線。伯爵家としても最大限の協力をしたいと思ってるよ」
俺の父、ノール伯爵が答える。
ノール伯爵家とアルヴァ公爵家は隣り合った領国で普段から親交が深い。
聞いているところだと、父とアルヴァ公爵は若い頃からの友人だ。
そして母と公爵夫人は従姉妹同士で、幼い頃から仲が良かったらしい。
アルヴァ公爵領は魔王国と境界を接している。
三十年前の対魔王国戦争では広大な領地の三分の二が戦場となった。
戦場となった土地は荒廃し、魔物の毒で汚染されたため、今もほとんど作物が実らない。
一方、ノール伯爵領はそれほど広くはないが土地は肥え、小麦を始めとする農作物が豊かに実り、牧畜も盛んだ。
豊富な農畜産物を産することから交易も盛んで、定期的に大市も開かれる。
そして、アルヴァ公爵領は王国防衛の要だ。要するに金がかかる。
(そこで、俺がアルヴァ公爵家に婿入すれば……)
アルヴァ公爵は防衛力強化のための資金をノール伯爵に拠出してもらえる。
ノール伯爵も魔王国軍の侵攻をアルヴァ公爵に食い止めてもらうことができ、経済活動に打撃を受けなくて済むというわけだ。
「王宮の占星術師によると、魔王の封印が解けるのも近いらしいわ」
アルヴァ公爵夫人が言った。
「占星術師が……」
「単なる噂だと思っていたのだけど……」
俺の両親が答える。
「実際、国境付近では魔物が多く出没し始めているようだ」
アルヴァ公爵が顔をしかめて言った。
だが、公爵はすぐさま表情を明るくして、
「実はかねてから建設中だったダンジョンがもうすぐ完成するのだ」
と、心持ち胸を張るようにして言った。
「それは朗報だ!」
俺の父親も嬉しそうに言った。
(ダンジョンか……)
話は俺も聞いていた。
魔王軍との戦いでは、魔王の本拠たる魔王城に乗り込んで魔王を倒すか、少なくとも封印するかしなければならない。
騎士団や歩兵団では野戦では強くとも、魔王城という迷宮では本領を発揮できない。
そこで、個々の能力に秀でた戦士や魔術師などで組む少数精鋭のパーティが必要になる。
(三十年前の魔王国戦争の時は、選ばれた六人がパーティを組んだって聞いたな……)
俺がそんな事を考えていると、
「そこでだ、我が娘テシリアとノッシュ君にダンジョンの運営をやってもらおうと思うのだよ」
アルヴァ公爵が言った。
すると、
「「ええっ!?」」
俺は思わず声が出てしまった……が、
(ん?今俺と一緒に誰かが……)
ほぼ誰だか予想はついたが、俺は恐る恐る声が聞こえた方を見た。
そこには、俺の予想通り、青い瞳の目を大きく開いて驚くテシリア嬢がいた。
そして、俺と目が合った途端、
ギンッ!
と、憎々しげに俺を睨み、そっぽを向いてしまった。
(そんなに俺のことが嫌なのか……)
女子の塩対応には慣れっこの俺ではあったが、これから先のことを考えると、さすがに暗澹たる気持ちになってしまうのであった。