6 地獄の修行はじまる
「……もうダメだ……ここまでのようだ……」
俺は仰向けに倒れ込み、空を見上げた。
雲ひとつない青空が、やけに遠く感じる。
「おい、ユウキ! 死ぬな! しっかりしろ!!」
「もう……無理だ……先に行け……!」
「馬鹿野郎! 俺たちは一緒に勇者になるんだろ! お前を置いていけるか!!」
フィンは俺の襟首を掴み、激しく揺さぶる。
「お、おい……やめろ、首が……!」
「生きろユウキーーーッ!!!」
「いや、こんなことで死なねぇよ!!!」
俺はフィンの手を払いのけながら、ゆっくりと上半身を起こす。
目の前には、積み上げられた薪の山。
そして、その向こうで腕を組みながら ニヤニヤと俺たちを見下ろす鬼のような男 が立っていた。
「……たったこれだけでへばってんじゃねぇよ。お前ら、勇者になるんじゃなかったのか?」
ゴドリック親父の 冷たい声 が、ズシンと心に響く。
「そ、それは分かってる……!」
「でも、薪運びってこんなにキツいもんなのか!?」
俺たちは 剣の修行 をするために鍛冶屋へ通い始めたはずだった。
しかし、今日で 三日目。
俺たちは まだ一度も剣を握らせてもらっていない。
親父の「修行」と称したメニューは、 薪割り、薪運び、水汲み、鍛冶場の掃除、ひたすら続く肉体労働――。
「おかしい……! 俺たち、何か間違えてるんじゃないか……?」
「お前も気づいたか……俺たち、このままじゃ 最強の薪運び職人 になるぞ……」
二人でゼェゼェと息を切らしながら 絶望的な表情 で顔を見合わせる。
その様子を見ながら、親父は ニヤリと笑った。
「ほぉ? そんなに文句を言うなら、今日は特別に 剣の訓練 をさせてやるか?」
俺たちは 飛び起きた。
「マジか!!!」
「やった! ついに剣を握れるぞ!!」
「ただし――」
「えっ」
「その前に、お前ら 水入りの桶を持って村の周りを走れ。もちろん全力でな」
「いや、それって……ただの水運びじゃね?」
「剣を振るには腕の力がいる。まずは腕を鍛えろ。走れ」
「……」
俺とフィンは 涙目 になりながら桶を持ち上げた。
◆
水入りの桶を持って村を走るという地獄の修行 を終えた俺たちは、もう虫の息だった。
「……無理……もう無理……」
「こんな修行……聞いてねぇ……」
「お前ら、根性ねぇな」
ゴドリック親父は 愉快そうに笑いながら 俺たちの前に ついに木剣を差し出した。
「今日から剣の基本を教えてやる」
俺とフィンは ガバッ! と顔を上げた。
「や、やっとか……!」
「この瞬間を……どれほど待ちわびたことか……!」
俺たちは 泣きそうになりながら 木剣を握りしめた。
が。
「ただし――」
「ただし?」
「覚えておけ。剣は 武器 じゃねぇ」
「え?」
「剣は、生きるための道具だ。剣士ってのは、戦うために剣を持つんじゃない。生き残るために剣を持つんだ」
ゴドリック親父の言葉に、俺たちは 無言で耳を傾ける。
これまで散々 厳しい修行 を課してきた親父が、いつになく真剣な顔をしていた。
「勇者だか何だか知らねぇが、お前らが本気で剣を学ぶなら、それなりの覚悟をしろ。剣はな、人を傷つけるためのもんじゃねぇ。だが、持てば戦わなきゃいけねぇときが来る」
「……」
「そのとき、お前らはどうする?」
俺とフィンは しばらく目を合わせ、それから同時に木剣を強く握りしめた。
「……戦うよ」
「俺たちは、強くなる」
「フン……そうか」
親父は、しばらく俺たちを見つめてから ニヤリと笑った。
「よし。だったら、今日から本物の剣士になるための修行を始めるぞ」
こうして、俺たちの 本格的な剣の修行 は幕を開けた。
だが、このときの俺たちはまだ知らなかった。
これからの訓練が、さらに地獄のようなものになることを――。