5 鍛冶屋ゴドリック親父
広場での「なんちゃって剣術修行」は、リナの一言によってあっけなく幕を閉じた。
「鍛冶屋のゴドリック親父なら、ちゃんと剣の扱い方を知ってるわ」
その言葉を聞いた俺とフィンは、まるで 勇者の試練の場所を発見した冒険者 みたいな顔をして、すぐさま鍛冶屋へ向かうことにした。
「よーし! ゴドリック親父に弟子入りして、剣を教えてもらうぞ!」
「いや、弟子入りじゃなくて、剣の使い方を教わるだけだろ?」
「まあまあ、細かいことは気にするな! ほら、急ぐぞ!」
フィンは勢いよく走り出し、俺も仕方なく後を追う。
リナは「あーあ……また面倒なことになりそう」と言いながら、ため息をつきつつも俺たちについてきた。
◆
鍛冶屋は村の北側、川沿いに建てられた小さな石造りの工房だ。
近づくと、すでに 金槌が鉄を打ち付ける音 が響いている。
中を覗くと、炎が燃え盛る炉の前で、一人の大男が黙々と鉄を打っていた。
「おっ、いたいた!」
フィンはまったくためらうことなく扉を ガラッ! と開けた。
「親父! 俺たちを弟子にしてくれ!!」
「はぁ!?」
俺は思わず頭を抱えた。
もっと言い方ってもんがあるだろ……。
鉄槌を振り下ろす手が止まり、大男―― ゴドリック親父 はじろりと俺たちを睨んだ。
ゴドリック親父は、村で一番の鍛冶職人で、同時に村で一番怖い大人でもある。
筋肉で膨れ上がった腕、焼けた鉄のように鋭い目つき、無骨な口調。
村の子どもたちは、親に「悪さをするとゴドリックに怒鳴られるぞ」と脅されるレベルで恐れられている。
そんな親父に、いきなり「弟子にしてくれ!」なんて無茶苦茶なことを言い出すフィン。
これは確実に怒鳴られるやつだ。
「弟子……? なんのつもりだ?」
低く響く声に、俺たちは思わず姿勢を正した。
「俺たち、勇者を目指してるんだ!」
「だから剣の訓練をしたいんだ!」
「お前ら……バカか?」
ズバッとした言葉が返ってきた。
「ば、バカじゃねぇ! 俺たちは本気だ!」
「本気だろうが、村のガキどもが剣の訓練なんざする必要はねぇ。どうせすぐ飽きるだろうしな」
「飽きない! 絶対にやり遂げる!」
フィンは食い下がるが、親父は煙管をくわえながら フン と鼻を鳴らした。
「ほぉ? じゃあ、お前ら、剣を振るには何が必要だ?」
「え?」
「力だろ?」
「まあ、そうだけど……」
「じゃあ、こうしよう。まずは試しにやってみろ」
親父は 棚の奥から一本の木剣を取り出し、俺たちの足元に投げた。
「お前ら、その木剣を持って、 今すぐ村を三周してこい。もちろん全力でな」
「……は?」
「足腰が鍛えられてねぇ奴に、剣を教える価値はねぇ。やるか、やめるか、好きにしろ」
「そんなの簡単だぜ!」
フィンは木剣を拾い上げ、俺のほうを向いた。
「よし、ユウキ! さっさと走るぞ!」
「お、おう……」
思っていたのとは違う展開だったが、俺たちはそのまま鍛冶屋を飛び出し、木剣を背負いながら村を走り始めた。
「うおおおおおっ! これも修行の一環だ!」
「おい、フィン! いきなり全力で走るなって!」
「気合いが大事なんだよ!」
「それは分かるけど……! は、速えぇ……!」
走り始めてすぐ、俺は早くも後悔し始めていた。
村を三周って、思ったよりもきつい。
いや、すごくきつい。
「くっ……こんなことで音を上げるわけには……!」
しかし、二周目に入るころには、すでに 足がガクガク になっていた。
息も絶え絶えで、汗が止まらない。
「はぁ……はぁ……! フィン、ちょっと、ペース落とせって……!」
「ぜぇ……ぜぇ……! 俺も……ヤバい……!」
ついさっきまで 元気いっぱいだったフィン も、俺と同じくらい消耗していた。
「こ、こんなに……きついとは……思わなかった……」
「ぐ……鍛冶屋の親父、マジで鬼だろ……」
「これで……まだ第一段階とか……絶対おかしい……」
泣き言を言いながら、どうにかこうにか三周を走り終え、鍛冶屋の前で ドサッ! と倒れ込んだ。
「……ぜぇ……ぜぇ……ゴ、ゴドリック親父……走ってきたぞ……」
すると、親父はニヤリと笑いながら俺たちを見下ろした。
「ふむ。まあまあの根性だな」
「お、おう……じゃあ……剣を……教えてくれるか……?」
「バカ言え。これで終わりなわけねぇだろ?」
「え?」
「お前ら、村の薪小屋から薪を運んでこい。そのあと、川で水汲みだ。それが終わったら、鍛冶場の掃除をしてもらう」
「……え?」
「剣の修行をするってのはな、そういうことだ」
「うそだろ……!?」
俺とフィンは 絶望の表情 で顔を見合わせた。
まさか剣を握る前に、こんな重労働をさせられるなんて……!
「ふっ、今のうちに帰るなら、許してやるぞ?」
親父は意地の悪い笑みを浮かべるが、俺たちは 歯を食いしばって立ち上がった。
「……やるよ」
「当たり前だろ……ここで逃げたら、勇者にはなれねぇ……!」
「ほぉ、いい度胸だ」
ゴドリック親父は満足げに頷くと、俺たちに 次なる試練の指示 を出した。
こうして、俺たちの修行は、思っていた以上に 地味で、泥臭くて、想像を超えるほどキツイもの になったのだった。