4 訓練の始まり
俺とフィンが「勇者になる」と誓った翌日。
朝から広場に集まった俺たちは、勢いだけで剣の訓練を始めることにした。
もちろん、村に剣術を教えてくれるような騎士団はいないし、剣そのものを持っているわけでもない。
それでも、昨日の誓いがただの口約束にならないよう、まずは 形から入る ことにした。
「ユウキ! 今日から本格的な剣の修行だ!」
「いや、木の棒しかないんだけどな」
「細かいことは気にするな! ほら、準備運動だ!」
フィンは無駄に気合いを入れて腕を振り回し、その場で軽くジャンプを繰り返している。
俺も適当にストレッチをしながら、周囲を見渡した。
市場のある広場の一角、少し開けた場所。
大人たちはすでに仕事を始めていて、畑へ向かう者、荷車を引く者、家の前で洗濯をする者と、それぞれの一日が動き出している。
村の子どもたちは、広場で遊んだり、市場の商人を眺めたりしながらのんびりと過ごしているが、俺たちのように「訓練するぞ!」と意気込んでいる奴はいない。
つまり、俺とフィンはこの村で唯一、 勇者になるための特訓 を始めた子どもということになる。
「よし、じゃあ剣の基本からやろうぜ!」
「基本って、お前、やり方知ってんのか?」
「……知らん!」
「はあ!? じゃあどうするんだよ!」
「まあまあ、落ち着け! まずはザハード爺さんに聞いた話を思い出してみようぜ!」
フィンは腕を組み、偉そうに頷くと、昨日の爺さんの話を振り返るように目を閉じた。
「いいか? 昨日爺さんが言ってただろ。『勇者は剣の力だけでなく、知恵と勇気を持って戦った』って」
「うん、そうだったな」
「つまり、剣の振り方よりも、まずは勇者の心得を学ぶべきなんだ!」
「……なんか、それっぽいこと言ってるけど、実際のところどうする気だ?」
「決まってる! まずは戦場のような厳しい訓練をするんだ!」
「お前の中の戦場ってどんなイメージだよ……」
俺は呆れながらも、仕方なく木の棒を構えた。
「とりあえず、打ち合いしてみるか?」
「おう! いざ尋常に勝負!!」
俺とフィンは適当に構え、木の棒を打ち合わせた。
カンッ! カンッ!
広場の真ん中で棒同士の軽い音が響く。
しかし、どちらも我流の振り方で、めちゃくちゃな攻撃しかできていない。
「おりゃー!」
「うわっ!? それはただの殴り合いだろ!」
「剣の基本は、力強く振ることだろ!」
「絶対違うわ!」
そんな調子で何度か打ち合っているうちに、すぐに息が上がってきた。
額から汗が流れ、腕がだるくなる。
たった数分剣を振っただけで、これだけ疲れるとは思わなかった。
「は、はあ……すげぇ、勇者ってめちゃくちゃ体力いるんだな……」
「こ、こんなにしんどいとは思わなかった……」
二人ともへたり込み、棒を地面に転がす。
想像していたよりもずっときつい。
「こらぁ!!!」
突然、怒鳴り声が響き、俺たちはビクリと肩を震わせた。
見ると、そこには リナ が腕を組みながら仁王立ちしていた。
「なにやってんのよ、あんたたち! こんな朝っぱらから棒振り回して、いい加減にしなさい!」
「あ、リナ……おはよう……」
「おはようじゃないわよ! どうせまたバカなこと考えてるんでしょう!」
俺とフィンは視線をそらし、適当に誤魔化そうとするが、リナはまったく許してくれそうにない。
「はあ……まったく。いい? 剣の練習をするのはいいけど、せめてちゃんとしたやり方を覚えてからやりなさいよ。あんたたちの今の動き、ぜんっぜんダメ!」
「えっ!? ダメなのか?」
「当然でしょ! ただ棒を振り回してるだけじゃない!」
リナは呆れたようにため息をつくと、俺たちの前にしゃがみ込み、真剣な目で言った。
「いい? 私たちの村には騎士団はいないけど、ちゃんと剣を扱える人はいるのよ」
「え、誰だ?」
「鍛冶屋のゴドリック親父よ」
「ゴドリック親父?」
俺とフィンは顔を見合わせる。
鍛冶屋のゴドリックは村一番の腕利き職人で、村で使う道具を作ったり直したりしている。
だけど、剣士ってイメージはまったくない。
「あの人、実は昔、傭兵だったんだから」
「えっ!? マジで!?」
「うそだろ!?」
「本当よ。あんたたち、村のこと全然知らないのね」
リナは呆れながら立ち上がり、俺たちに手を差し伸べた。
「だから、どうせやるなら、ちゃんとした人に教わりなさいよ。ゴドリック親父なら、きっと剣の扱い方を知ってるわ」
「そ、そうか……よし、決まりだな!」
フィンは勢いよく立ち上がり、拳を握る。
「鍛冶屋に行って、ゴドリック親父に弟子入りする!」
「……あの頑固親父が、すんなり教えてくれるとは思えないけどな……」
俺がぼそっと呟くと、リナが苦笑した。
「まあ、それはあんたたち次第ね」
俺とフィンは顔を見合わせ、頷き合う。
こうして、俺たちの 本格的な剣の修行 が始まることになった。