3 勇者になると誓った日
ザハード爺さんの話が終わると、広場のざわめきが少しずつ静まっていった。
子どもたちはまだ興奮冷めやらぬ様子で、「俺は勇者になる!」「魔王になりたい!」と騒ぎながら帰り支度を始める。
暗くなれば親たちに叱られるから、広場にいられる時間はそう長くない。
それでも、爺さんの語る冒険譚を聞いたあとは、しばらく余韻に浸りながら、みんな思い思いに語り合うのが常だった。
俺とフィンも、まだ興奮したまま広場の隅に座り込み、空を見上げていた。
夜空には、見慣れた星々が輝いている。
「なあ、ユウキ。俺たち、本当に勇者になれるかな?」
フィンがそうぽつりと呟いた。
「そりゃ、なれるだろ。勇者アルヴィスだって、最初はただの剣士だったんだ。だったら、俺たちにだってできるはずだ」
俺が自信たっぷりに答えると、フィンは満足そうに笑い、夜空を見上げながら大きく息を吸い込んだ。
「俺、決めた! 俺は絶対に勇者になる!」
「お、おう。いきなり大声出すなよ……」
「だって、今決めたんだ! ザハード爺さんの話を聞いて、ハッキリ分かったんだ。俺、剣を持って、いつか世界を旅するんだ。王都に行って、騎士団に入って、それから――」
「それから?」
「決まってるだろ。魔王を倒すんだよ!」
フィンは勢いよく立ち上がり、棒切れを剣のように構える。
「おい、勇者は一人じゃないんだぞ?」
「じゃあ、お前も勇者になれよ!」
「は?」
「二人で勇者になればいいじゃねぇか!」
フィンはキラキラした目で俺を見つめ、全力で頷いてみせた。
「俺は勇者になる! ユウキ、お前も一緒に来いよ!」
「……まあ、お前だけにカッコつけさせるのはシャクだしな」
俺は立ち上がり、フィンと同じように棒を構えた。
「よし、じゃあ誓おうぜ!」
フィンは真剣な表情で俺に手を差し出す。
「俺たちは、いつかこの村を出て、王都へ行く。そして、本物の剣士になって、戦って、いつか勇者になる!」
俺は一瞬、何も言わずにその手を見つめ、それからゆっくりと手を伸ばし、力強く握り返した。
「……誓うよ。俺も、絶対に強くなる」
二人の手が重なり合った瞬間、俺たちはもう「未来の勇者」だった。
そのとき、後ろから「もう、またそんなバカなこと言って!」という声が聞こえた。
振り返ると、リナが腕を組み、呆れた顔でこちらを見ていた。
「何が勇者よ。二人ともまだ剣の握り方も知らないくせに」
「うるさいな! 俺たちは本気だぞ!」
「本気かどうかじゃなくて、そもそも現実を見なさいよ。王都に行くなんて簡単なことじゃないし、騎士団に入るのだって、一握りの人しかできないのよ?」
リナはいつも現実的だ。
俺たちがどんなに盛り上がっていても、必ずこうやって冷静に意見をぶつけてくる。
「そんなの、やってみないと分からないだろ?」
俺が言うと、リナは大きなため息をついた。
「……もう。本当にバカなんだから」
「お前、なんでそんなに否定するんだよ?」
「別に否定してないわよ。ただ……」
リナは言葉を詰まらせ、それから少し寂しそうに笑った。
「本当に二人とも行っちゃったら、きっと私はまた叱る人がいなくなっちゃうなって思っただけ」
「え?」
俺とフィンは思わず顔を見合わせた。
「……べ、別に、気にしないで! いいわよ、勝手に勇者にでも何にでもなれば! ただし、怪我しても知らないからね!」
リナは勢いよく背を向け、そのまま広場を後にした。
「な、なんだよあいつ」
「たぶん、俺たちが先に大人になっちまうのが寂しいんだろ」
「お前、そういうことはもっと小さい声で言えよ」
「おっと、悪い悪い」
フィンは笑いながら俺の肩を叩くと、空を見上げた。
「でもさ、俺たちはもう決めたんだ。いつか、この村を出る。なあ、ユウキ、絶対に約束だぞ?」
「ああ、約束だ」
俺たちはもう一度、強く握手を交わした。
空には、満天の星が瞬いている。
俺は、この村を出る日を夢見ていた。
勇者になって、世界を旅して、誰かを守る剣士になる。
それが、俺とフィンの誓いだった。