さくらの下には死体が埋まっている
翌日私は古谷の家へと向かっていた。一度家の周りを外から見ておきたいので、チャイムを鳴らす直前まで気付かれぬ様、車で向かうのを止め徒歩で向かっている。
彼の家の前は車通りが多いわけでは無いが、長い直線の道になっているので遠くからでも見る事ができる。家の左側は空き地になっていて、昨日はそこに車を停めていた。
壁沿いに家の裏まで回ったが、空き地の部分から裏側にかけて少し下がっている分どこも高い壁で中は見えない。家の右側は別の家があったがそちらも壁がある。中の様子は分からなかったが、逆に言えば中からも外が見えないし壁を越える事もできないという事が分かる。
外からは期待した物が得られ無かったが、それなら中から探すしかない。もう一度正面に回りチャイムを鳴らした。
しかし、なかなか反応が無かった。昨日も1分くらいしてからでないと声が返ってこなかったが、今はすでに5分以上経っている。
私には確固とした目的があるが、普通の人なら諦めて帰っていてもおかしくない。留守なのかはたまた出るのを拒否しているのか。
門から中を覗き様子を伺っていると何かが動く影が見えた。よく見えなかったので、門に手をかけ覗こうとすると、門に鍵がかかっていなかったようで開いてしまい、そのまま体制を崩し一歩敷地内に入ってしまった。これは仕方が無い、事故なのだから。
仕方が無いついでに中を見回すと楓が飼われている小屋の方に人影が見えた。やはり誰かがいるようだ。
と言っても、古谷しか無いだろうし何故出てくれないのだろうか。やはり何かやましい事があるのか……。
人が居ると分かっちゃあ引き返すことはできない。今度は直接「すみませーん」と呼び掛けた。この距離で聞こえないはずはない。
探偵といえど勝手に他人の家に入るわけにはいかないのがもどかしい所。何か入っていける免罪符の様な物でもあればいいのだが。
門から体を引っ込めまた立ち尽くしていると、その時何者かがこちらへ駆けてくる音がした。門の先、私の目の前に現れたのは楓だった。
楓は私がここにいることに気づいていたようで、見るなり一吠えし何かを訴えかけてきているようだった。賢い犬だ、門を噛んで開けてくれた。こんな事されちゃあ入らない訳にはいかなかった。
「おじゃましまーす」とは一応言っておく。
楓に導かれるまま、小屋へ向かう。少し廃れたこの小屋は、母屋の洋風な豪邸には似た合わない、側の桜の木に合う和風だが母屋よりは後に造られた建物だろう。
少し開いたままの戸から中を覗くと、そこに居たのは背中から服に血を染み込ませ、うつ伏せになって倒れている古谷だった。
またか、と思った。先日見たあの倒れていたお婆さんが重なる。だが今度はおじさんだ。
それはともかくとして古谷の肩を叩く。
先程見た影が古谷であればまだそんなに時間は経っていないはず。そうでは無く、あの影が犯人だったとしても、殺してから時間が経っているのであれば、まだ逃げていないのはおかしい。
そう思っていたが古谷の反応は無かった。私は救急車と警察を呼んだ後、監視カメラを睨んだ。あれに何か映っているかもしれない。が、確認する術もない。
数分後、家はすぐに封鎖され、警察に事情聴取をされた後、私は様子を見守っていた。
外には私が呼んだ菫と大次もいる。私の知っている古谷の知人は大次ぐらいだし二人とも昨日彼と会ったばかりだ。
流石に気になったのだろう、菫がいろいろ聞いてきたがこの事件に関して知る事は何も無い。古谷が倒れていた場所は監視カメラにバッチリ映る所だったのだから、警察が調べたら犯人なんかどうせすぐにわかる事だ。
あの事件から数日が経った。残念ながら古谷はその後亡くなったそうだが、犯人はあっさり捕まった。
犯人は大次との共通の友人である『佐々川』という人物。彼も犬が好きで、事件前日に古谷に新しい犬を飼い始めたと聞き、古谷宅にやって来ていたそうだ。
その後、楓にあまりにもそっくりな犬を見て楓との血の繋がりを感じ、古谷に問い正し、観念した彼が全てを白状し、それに怒り殺人まで犯したのだという。
因みにさくらは無事家の奥で見つかり、菫の家へと戻って今まで通りにケージの中に入れられた。
なんとも気になる所が多い真相である。
まずやはりさくら失踪事件の犯人は古谷だった。私の勘は当たっていたようでそれは良かった。
だがおかしいのは、佐々川の犯行動機だ。確かに私たち、特に菫は古谷に対して相当怒っているだろう。それでも古谷を殺す程ではない。ましてや佐々川なんてまぁ言ったら他人である。犬好きと言うのだから自分の飼っている犬と重ね合わせたのか、それとも正義感が異常にあるのか。どうであれ、だが。
楓と血が繋がっているからなんだと言う話だし、理由はともかく犬を誘拐してしまったというそれ以上でもそれ以下でもない事件だ。
私は終わった事は振り返らない主義だ。起こってしまった事を考えても今さらどうしようもなく、未来にその経験を活かすだけだ。
だがこの事件はまだ私に何かを語りかけてきている。まだ終わっていない、まだやり直せる。




