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聞こえない遠吠え

 一晩明け、まだ実績もなければ事務所もない私のもとに依頼が来るはずもないので、まずは友人から当たる事にした。昨日は経験と時間があまりにも少なかった。そういう事にして忘れ、小さい事件から経験を積んでいこう。

 近所に住んでいる幼馴染、近松菫。彼女とは同い年で0歳の時から知っている20年来の友人である。家族ぐるみで付き合いがあり、ちょくちょく会っている。手っ取り早いのはまず彼女に話を聞く事からだろう。

 昼過ぎに「探偵になった私に相談事は無いか?」と連絡を入れた。今日は休みのはずで、今頃は多分家にいるだろう。すぐに気付いたようで既読が付いたが、それから間を置かずすぐに返ってきた。丁度依頼したいことがあった様子で、一言「ある」とだけ先に送信され、続けて「さくらがいなくなった」ときた。

 さくらとは彼女が飼っている柴犬の事で、いつもは外のケージに入れられていた。10年程前に、当時飼っていた犬が亡くなり、悲しんでいた菫を見かねた両親が丁度生まれたばかりのさくら親戚から譲ってもらいその時から飼っているが、今まで逃げ出すような事は聞いた事が無かった。またもタイミングよく起きてくれた事件に、弾む心に蓋をして窓からでも見える程の距離にあるその家に駆けつけた。


 小さい頃はよく通っていて、今でも偶に来るこの家も今回は私にとって初の依頼者の家という事になる。実感は湧かないし家の庭にはすでに見慣れた顔もある。こちらに気付いた彼女は泣き出しそうな顔をして駆け寄ってきた。

 「景輝……!さくらのケージが空いてて、鍵ちゃんと閉めてたはずなのに。」

 「待ってて、見つけてあげるから。探偵として。」

 親友として、彼女のこんな姿は見ていられなかった。彼女は私と違っていつも明るい。さくらの事となるとそれ以上だ。探偵の仕事としては小さいかも知れないが、自分自身にとってはその限りでは無い。自分だってさくらの事はこの家に来た時から知っていて菫と一緒に遊んでいたから胸が痛い。


 彼女によれば、今朝餌をあげに行く時にいなくなっているのに気が付いたらしい。普段はおとなしい犬なので、吠える声が聞こえずとも不思議に思わず近づくまで分からなかったそうだ。

 手掛かりはというと、犬の足跡は地面に無くどっちに行ったのかも分からない。ケージの前は固めの土になっているが昨晩から今朝にかけての間にケージから出たのであれば、誰かがあえて消したので無い限り多少なりとも足跡が残っているはずだ。

 次にさくらがどうやってケージから出られたのかを調べる為に付いている鍵を見た。鍵は誰にでも開けられるチェーンがかけられたものだが、中にいる犬が自分で開けることはできない。壊れている様子も無いので締め忘れたのか誰かが開けたのか、それしか可能性は無い。

 

 ここまでの調査で現在の状況は見えてきた。犬の足跡がなくケージも犬自身が開けられるものでは無い。どちらの証拠も犬が脱走したのでは無く誰かに連れ去られた可能性が高い事を示している。いや、そうとしか考えられない。

 私はこの場所で分かる事だけではあるが、この推理を菫に伝えた。聡明な菫であればすでに気付いていただろうが。



 そんな事をしていると家の前に誰かが立っている事に気づいた。私の見知らぬ人だ。犯人は現場に戻ってくるというがだとしたら奴が犯人という事になる。

「あの人は大次ひろつぐ叔父さん、犬を飼っているから探すのを手伝ってもらうの。さくらの父犬は叔父さんが飼っていた犬だしね。」

 ある程度は犬に詳しいという事か、手伝って貰えるのであればありがたい事だ。菫が門を開け共に戻って来ると私の事を紹介し、昨夜から今朝にかけての事や、状況から見て連れ去られた可能性が非常に高い事を伝えた。

「さくらがどこかへ連れ去られたんだったら少し心当たりがあるよ。」

そう言って彼は語り出した。何のとっかかりもない現状小さな情報でも増えるに越したことはない。

「さくらの母犬の事なんだけどね、さくらを産んだ時は僕が飼ってたんだけどその後友達が引き取っていってね、その時にさくらのことをすごく欲しがっていたんだよ。友達を疑いたいわけじゃ無いんだけど誰かが連れ去ったんだとしたらその可能性は拭いきれないと思うんだ。」

 なるほど。確かにこの様な都合の良い話を聞くと本当に犯人はその人なのではないかと思えてくる。すぐそこに現れた事件の真相を手放すわけにはいかない。

 「確かにその人の可能性が高そうですね。早速その人の家に行きましょう。善は急げです。」

 「でもその人で確定ってわけじゃないでしょ?欲しがってたからって盗むなんて事するかな?」

 菫はまだ考えているようだが、私だって冷静に考え出した結論だ。

 「泥棒の考える事なんて分からない。理屈ばかりじゃ無いんだよ。」

 そうして私たち3人は車で10分程の場所にあるさくらの母犬を飼っている人の家へ向かった。菫と離れて悲しんでいないだろうか。元気でいる事を願うばかりである。

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