噂話
「これはね、卒業した先輩から聞いた話しなんだけど。学校の近くにある小さな祠があるでしょう? そこでお祈りをするとね、別の次元に飛ばされるんだって」
そう言ったのは、クラスの中でもオカルトが大好きな女の子、磯田舞だった。
「飛ばされるって言うのが、よくわからないけど」
坂本怜が、腕組をしながら言う。
怜は、クラスでも成績優秀で、わたしたちの中でもかなり大人びてたと思う。
「聞いた話では、目を開けると、そこは古い校舎の中にいて、窓から外を見ると何も見えないらしいよ」
「らしいって……」
古手川あみが、ため息混じりで言った。
「試しに、みんなで行ってみようぜ! その祠!」
今井和也が、にやりと笑を浮かべて言った。
「やめようよ」
榊拓人が不安な声音でつぶやく。
「へっ、ビビリかよ」
和也が鼻で笑った。
「わたしも、やめた方がいいと思う」
「何だよ、美咲もビビってんのかー?」
和也が、今度は、わたしの方を見て馬鹿にする。わたしはムッとなって言い返した。
「違うわよ、そこって神様の祠でしょう? そんな肝試しみたいな感覚で行ったら、きっとバチが当たるわよ」
「いいじゃないか、肝試し! なあ、みんなで行ってみようぜ!」
和也が、みんなの顔を見て言った。
「私……行こうかな……」
佐藤燈が言った。
わたしは、驚いた。燈は、わたしの親友で、普段は怖い話とかまったく駄目で、こういう集まりにも参加しないのだが、今日は、なぜか、自分から《オカルト研究会》通称《オカ研》の活動に参加したいと言い出したのだ。
「よし、決まりだな! ビビリの誰かさんは怖いなら来なくてもいいぞ」
和也が、わたしを見ながら言う。
「誰が、ビビリよ! いいわ、わたしも行く」
「無理すんなって」
「絶対行く!」
結果的に見れば、和也の口車に乗せられた感じになってしまったが、わたしたちは学校を後にして、学校近くの祠の前に来ていた。
「いい、みんな、目を閉じて。私の言葉に合わせて言ってね」
磯田舞が、みんなの顔を見ながら言った。わたしたちは、頷く。
「噛むなよ」
和也が、ニヤニヤしながら、わたしに言った。
「わたしより、自分の心配したら」
「どういう意味だよ」
そうこう言っているうちに、磯田舞が、呪文を唱え始めた。わたしたちは、同じ言葉を復唱する。
「天神様、天神様、その姿を私たちに見せてください」
2〜3秒くらいのことだったと思う。
突然、強烈な目眩に襲わられ、わたしは立っていられなくなり、そのまま崩れるようにその場に倒れた。
「美咲……美咲……起きてよ……」
「うっうっうっ……ここは……」
わたしは、辺りを見回した。
暗い。夜……?
それに、ここは……。
一言でいえば、古い校舎だった。
木造で建てられた校舎。
「他のみんなは……?」
「わからない、目が覚めたら、美咲が倒れてて」
燈が、不安そうに言った。
その時、何かを引きずるような不気味な音が聞こえた。
「ねえ、今のなに?」
わたしは、首を横にふる。
「わからない」
音は少しづつ大きく、それでいて、確実にこちらに近づいていた。
わたしたちは、息を呑む。
すると、
廊下の突き当たり角から、ぬるりと体を引きずるような影が見えた。
わたしたちは、同時に走り出した。
そいつには――下半身がなかった。
上半身を這うようにして、猛スピードで近づいてくる。木造でできた床を自分の血で赤く染めながら、匍匐前進する。
「はあ、はあ、なっ……何あれっ!」
燈が、息を切らしながら叫んだ。
「テケテケだよ!」
わたしは、
「追いついてくる!」
こうなったら、わたしは脚を止めて、一か八かの賭けに出た。
「何してるの! 早く逃げないと!」
燈の声をよそに、わたしは叫んだ。
「元、サッカー部を舐めるなよ――っ!」
わたしの渾身の蹴りが炸裂する。蹴り上げられたテケテケは、壁に打ち当たり、動きを止めた。
その隙に、わたしたちは、暗闇の廊下を走った。