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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
止雨
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参 土馬

身分の低い平民は庭先で領主を待つが、今回は雨のために土間に通された。

この地域は本当によく雨が降るらしく、雨にも対応できるように土間が広めに作られており、座敷からも望める間取りとなっているようだ。



「して、呪物とは如何なるものか」



座敷から覗くようにして土間に平伏した父娘に尋ねる領主。側には多幸丸(たこうまる)宗音(そうおん)も控えていた。



「ははっ、それは古より伝わりし止雨(しう)の儀に用いられた呪法と伝え聞いており…」



父親はかしこまりながら丁寧に言葉を重ねていった。

曰く、それは都からやってきたという一人の法師が伝えたものだった。



はるか昔、天を司る神に祈雨、あるいは止雨を願うのに用いられたのは牛馬だったという。


生きた馬を切り裂き、なますにして食らうのだ。神は祟り神であり、その祟りを鎮める(にえ)として用いられたのが馬だった。

これが年月の中で簡略化され、土で作った土馬(どば)、あるいは木片に描いた絵馬を食う代わりに壊し、同様に天に捧げる儀式に変わっていった。


さらに、それが約250年ほど前に起こった正嘉(しょうか)の大飢饉の折にも盛んに祀られたということで、止雨を願い、日和(ひより)を乞う呪具として馬の形代が多く作られたのだそうだ。


「わたくしどもはその話を元に、さる窯元にお願いして土馬を作り、天に捧げました。この呪法はよう効いたのでございます…」


ふむ、と聞き終えた領主は顎を撫でる。


「つまり、呪具というのは土馬である、と」

「左様にござります」


「土馬は、今どのようにしてあるのですか?」


そこで口を開いたのは多幸丸だった。この件に関しては多幸丸も興味津々で、父の領主とともに止雨に関する情報が欲しいのだろう。領主もその疑問を聞いた後、平伏する民をうかがい見る。



「あまりにも雨が降らぬのでお焚き上げし、村の社に祀ってございます。土馬は壊して用いましたので、今は当初の形をほとんど保ってはございませんが」



しかし、多幸丸の興味は引かなかった。


「もしよろしければ、その土馬と祀ってある社を拝観しにいきたいのですが。それに、雨が降らぬというのも、何か解決策があるやもしれません。」


多幸丸がそこまで言うと、領主も首を縦に振った。


「お前がそう言うなら構わぬぞ。我が領内のことは既にお前に任せておる」



こうして、翌日にはこの父娘の帰郷に同行することになったのだった。



その晩、宗音は充てがわれた一室で明日の出立の準備をしていた。宗音も勿論同行する予定だからだ。持ち物など殆どないが、雨の準備だけはしておかなければならないだろう。そして、そぞろに考え事が頭をよぎってゆく。



多幸丸は、自身がその集落に赴くことで雨が降るやもしれぬと思っているに違いない。また、その呪法を用いれば、この長雨を止めることができるかもしれぬ、とも思っていそうだ。だが、と宗音は思う。


(確かに、古来から龍神に贄を捧げて雨を乞う儀式があるのは聞いたことがある…同様に日和を乞う儀式もあるだろう。だが、何故か嫌な予感がするんだよな…)



その予感はどこから来るのか、宗音は暗くなってきた手元を見ながら考えていると、例によって、ぽこり、ぽこりと彼等が現れた。


「ドバとぉー、ヤシロをーー

拝観したあーーい」

「日和の里へー、いざゆかーーあん」

「ちょんちょんちょちょーーーん」



毎度、不思議な節で唄うように人語を話す3匹である。彼等が整列してずんずんと行進するように歩くので、宗音は「ん?」と呟いた。


「お前達、もしかして明日共に行くつもりか」


問うと、一匹が「あったりまえだぁーい」と返事をした。


「ワカはー、ワカはー、力にあふれておるからのぉー」

「皆がこぞって相伴(しょうばん)預かろうと集まりよるる」

「我らはイチぃの家臣にてぇー」

「お守りぃ、せねばならんてなぁ」

「よっとこらよったらしょぉーいしょい」



そうして、三匹は武器を振り回して何かを追い払うような仕草をしながら、ぐるぐると回り始めた。多幸丸をお守りするつもりなのだろうか。


「お前達が役立つなら私などいらんのだが」


宗音は苦笑するしかない。三匹に力があれば、それはそれで困るかもしれないが、こうも非力な様相では煩いだけである。だが、言っていることはあながち間違いではなさそうだ。


「何かが、若を狙ってやってくると思っているのか?」


問うと、三匹はこっくん、こっくん、その大きな頭を縦にふる。


「そうじゃ」

「おうとも」

「そーーーだとも」 



この予感が当たらないなら幸いなのだが、そうも言ってはいられそうもないようだ。


「であるならば、用心せねば」

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