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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
御家騒動
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拾六 祭囃子

文明十八年(1488年)元日、追放され、浪人となっていた尼子経久(あまごつねひさ)月山富田城(がっさんとだじょう)を奪還し返り咲いた。

この時、経久から絶大な信頼を得て要となる役割を担っていたのは誰でもない、鉢屋弥三郎(はちややのさぶろう)詠太郎(えいたろう)千穐(せんしゅう)の祖父にあたる人物だ。彼らは祝賀の場で演奏される雅楽(ががく)を披露しながら、城へ進んだ。

笛や太鼓の軽やかな演奏に合わせ、歌って踊る楽しげな集団。新年の賑やかな音色に気を緩ませた兵たちはまんまと鉢屋衆(はちやしゅう)を中に入れてしまい、あっという間に奪還してしまったという。

この奇襲こそが尼子鉢屋の始まりであることを、房丸は知ってか知らいでか、今まさに再現しようとしている。


千穐は面白くなって久々に笑った。


房丸(ふさまる)はこの局面をどう乗り切るつもりなのか。なかなか掴みどころのない男だが、不思議と人を惹きつけ、突飛なことを思いつき、実行する。


千穐は房丸のやろうとすることに乗ってやろう、と扇子を手に取り、(しょう)に言って鈴を持ってこさせた。

幸いなことに、この寺は毎年疫病退散や豊作祈願の舞を奉納する祭りを催すらしく、楽器や小道具には事欠かなかった。



東西東西(とざいとうざい)!さあさあ、ご覧あれご覧あれ!夜道を照らすは火の光、

音に誘われ、足を止めるも自由のうち!」



房丸の良く通る声が闇の静けさを引き裂いていく。

続いて篳篥(ひちりき)竜笛(りゅうてき)らが笛を吹き、太鼓を鳴らし、辺りが一層賑やかになると、灯りがぽっ、ぽっ、と夜道を照らした。河村(こうむら)とその配下らが松明(たいまつ)行灯(あんどん)を持ってこの列を照らしている。なんとその中には寺の住職と小僧までも参列していた。どこまでも肝の座った御仁である。


続いて笙と太助は子供用の簡略化した白い直垂(ひたたれ)を纏っていた。太助は一部が藍色の衣装で、どうやら近年使われていない古式のものらしい。それが妙に浮世離れしていて、突然始まった祭りの雰囲気を盛り上げている。


気がつくと、村の衆がわらわらと房丸たちの列を取り囲んだ。

「何が始まるのか」と様子を見守る者、興奮して駆けてくる者、見知った顔がその中にいるのを見て呆れる者など様々だ。だが、まんまと群衆を引き連れて、進むごとに人の波が大きくなっていった。


「お立ち会いお立ち会い!今宵は寺の御導きにより、音と舞をもって人の身に積もる穢れを払い、明日へと続く福を招く(こく)である!」


房丸は住職がいることをいいことにこのようなことを言い出した。


「今より舞うは、天と地の狭間に捧ぐ女舞。ひと振りの鈴に災いを祓い、ひと巡りの舞に寿(ことほ)ぎを宿す!」


さらにそう付け加えると、最後列から鈴の音が鳴り響いて人の波が引き裂かれていった。冠をつけた女舞装束の千穐だ。


シャン!


鈴の音に合わせて、天女のような笑みを浮かべた千穐がくるり、くるりと舞を舞う。


あまりの美しさに、その場にいた村の少女たちは目を輝かせ、大人たちは(とろ)けたため息をほう、と吐いた。何を隠そう、房丸までもが一瞬言葉に詰まるほど見惚れてしまった。


「…!」


その顔を見た笙は思わずニヤニヤ笑って房丸を小突くのだが、そんなことには気づきもせず夢中で見ている。ちなみに太助も完全に見惚れて立ちすくんでいるのは御愛嬌。



さて、そんな騒ぎを聞きつけた闇討(やみうち)の二十余名は慌てた。

こんなに人が集まっては闇討にはならないだろう。仮に鉢屋を討てたとして、顔を見られては(あるじ)(為幸(ためゆき))の計画だと知れてしまう。そうなれば為国(ためくに)との関係が今以上に悪化することも考えられた。

その中で一人、闇から躊躇なく姿を現した者が一人いた。殺気を隠さず、颯爽と群衆をかき分け、房丸たちに近づいてくる。その異様さから人々は思わず後ずさり距離をとるが、鉢屋衆は音も舞も止めなかった。待ち構えるようにして立つのは、今しがた口上(こうじょう)を述べて群衆を集めていた房丸である。


「来たか」


房丸の腰には、結局もらい受けてしまった長船(おさふね)がある。正直悩むところだったのだが、詠太郎の思いを受け継ぎ、千穐ら鉢屋衆を見届けるためには力が必要だった。そして、清正(きよまさ)の出雲を思う気持ちにも、応えたいなと思っている。


いつまでも傍観者ではいられない。


「鉢屋衆の小糸房丸とお見受けする」


闇討だというのにバカ丁寧にそう尋ねてくる男。


「そうだ」

「拙者、岩城忠継(いわきただつぐ)。さる人に遣わされて、貴殿らの命もらい受けに来た」


そう言うと、すらりと腰の刀を抜いて構えた。隙がない。尋常ではないほどの殺気が満ちる。

だが、房丸はそこで笑った。


「ほう、剣においては出雲一を誇るというあの岩城忠継か!」


続けて房丸は尚語る。


「ここにいればいくらでも噂を耳にする。刀鍛冶だけでなく、滞在する侍たちもこぞってアンタの名前を出すぞ!だからこそ惜しいなぁ。こんな“お使い”みたいな扱いを受けるのか。闇討なんて、卑劣な行いをする男ではなかろうに」


岩城と名乗った男は少しだけ揺らいだ。

暗殺なのに名乗りを上げてからではないと刀をふるう気になれず、実直な古いタイプの武士であった上、目の前の男が想像していた鉢屋衆とは違っていた。忍びなど、どこか陰鬱で物事の道理も弁えぬ輩だと思っていたからだ。

しかしこの房丸という男の構えは威風堂々、真正面から戦いを挑む武士のそれだ。



最初に動いたのは岩城。


「ーーーー!!!」


凄まじい気合いを放ち斬りかかった。しかし、その刃は空を切り、房丸は左に避けながら抜刀した。

両者睨み合いながら間合いを取り、ゆっくりと刃を傾ける。


この最中、鉢屋衆らは演奏を止めず、千穐も舞を止めない。まるでこの決闘が演目の一部のように観客が周りを取り囲んで観ている。


両者再び切り結んだ。

真剣同士の小競り合いに火花が散り、その緊迫したやりとりに皆が息を呑む。本当にこれが演目なのか。疑問に思う者もいただろう。だが、この場の全員が声も出せずに見守るしかない。

それほどに、岩城と房丸の攻防は鋭く、そして闇の中の刃のきらめきが美しい。


卓越した技量で刀を交える両者だったが、房丸は身体能力がずば抜けて良い。どんな態勢になってもバネのように身体を起こし、そこから一歩踏み出すのだ。真剣でのやりとりでこの一歩を踏み出すのは歴戦の猛者でも勇気がいる。それを、持ち前の体裁きと度胸で踏み込んでいった。

岩城は懐に入られたことで思わず後ろに仰け反ろうとして体勢を崩す。が、このとき既に房丸の刃は岩城の喉元に突きつけられていた。


「私の勝ちだな」


房丸はニッと笑うとすぐさま刀を鞘にしまい、態勢を崩して固まっていた岩城の身体を起こしてやった。

「いや〜、噂に違わぬ豪剣だった!私が言うのもなんだがな、この出雲はこれから荒れるようだ。その時これほどの武者がいないのは惜しいだろう。ここで決着がつくのも勿体ない!今日はここらで引き上げてくれ」


そう言って、暗殺者の前で屈託なく笑うものだからか、岩城もすっかり毒気を抜かれてしまったようだ。

とはいえ、堅物なので笑いはしない。面白いものを見たというような顔をして、

「そうだな、拙者の負けだ。またいずれどこぞで見えよう」

とだけ言うと、闇の中へ消えていった。


気がつくと、音が鳴り止んでいた。

振り向けば、群衆だけでなく雅楽を奏でていた鉢屋衆も手を留めてこちらを見ている。

その中で、ちょうど房丸の正面に千穐がいた。微笑んでいる。


(…ほんとに天女みたいだなぁ)


房丸がぼんやりそう思っていると、途端に静寂を破って群衆が歓声を上げた。素晴らしい催しだと思ったようだ。

千穐が再び舞を舞いながらこちらに向かってくるので、房丸も歩き出す。思い出したように太鼓がポン、ポポンと鳴り始め、篳篥と竜笛らの笛も復活した。


「なかなかやるではないか、房丸殿」


クスクスとくすぐったくなるような一言を千穐が伝えてくるので、房丸は照れてしまい、逆にジト目で返してしまった。


「いまさら他人行儀な言い方やめろよ、千穐」


すると、千穐は赤く塗られた唇の端をくい、と上げていった。


「チアキだ」

「え」

「これからは千秋(ちあき)と呼んでくれ」


そして、返事を待たずしてくるくると舞に戻っていった。



この日突然始まった祭囃子(まつりばやし)は今しばらく鳴り止まず、為国のいる藤ケ瀬城(ふじがせじょう)にまで届いたらしい。




***




「うう、ううう…」



灯りもつけない暗闇の一室の中で、もがくようなうめき声が響いている。



ここは月山富田城(がっさんとだじょう)からほど近い、さる屋敷の一室だ。

屋敷には一切の明かりが灯っておらず、人の気配はないに等しい。

だが、うめき声の主は確かにいる。


暗闇の中でうっすら浮かび上がるのは、布団の上で立ちすくむ一人の男。その陰影は奇妙だった。

右腕が空っぽなのである。


男は暗闇の中で己のなくなった右腕を見ながら、刃を食いしばって唸っていた。


響次郎(きょうじろう)さん、お待たせしました」


突然、暗闇の向こうで声がする。

見ると、いつからそこにいたのか、袈裟(けさ)(まと)った若い法師が何かを携えて立っていた。


「やれやれ、苦労しましたよ。打ち捨てられた貴方の腕。ほら、これでしょう?」


風呂敷を開くと、もはやどす黒く変色した腕が出てきた。


「俺の、右腕…!早く返せ…!」

「いやだなぁ、まるで僕が取ったみたいじゃないですか。支度を整えるので少し待ってくださいね」


法師がそう言うと、ようやく部屋の灯台に明かりが灯るのだが、その炎は普通ではない。青紫色に揺らぐのだ。人がそれを見たならば、「鬼火(おにび)」と呼ぶだろう。


「早く…!早く!!」


響次郎は両腕を袖から抜き、諸肌脱(もろはだぬ)ぎになって再び催促した。右腕は包帯も巻かれておらず、切り口が(あらわ)になっているのを紐で軽く縛っており、見るに痛々しい様相だ。


「はいはい、ちょっと待ってくださいね」


法師は切り落とされた腕に呪文を施すと、腕はひとりでに宙に浮き、それから響次郎のなくなった右腕の先に「びちゃっ!」と嫌な音を響かせて引っ付いた。黒く腐敗している肉が、生きた腕元にめりめりとめり込み、どす黒く変色した血と真っ赤な血が皮膚の中で交わっていくのが見て取れる。


「どうです?」

「…良い塩梅だ。それで、お前はこの先どうするのだ、学景防(がっけいぼう)


響次郎の問いに、学景防はニコニコと穏やかな笑顔で返事をした。


「もちろん、貴方の復讐のお手伝いをいたしますよ。それこそ、地獄の果てまでね」


ふふふ…はははは


ふははははははは!


暗闇の中で、復讐に燃える薄気味悪い笑い声が響いていた。

ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。御家騒動編が折り返し地点に到達しました(たぶん)

次回からはまた宗音パートに戻ります

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