拾伍 闇討
訛りのある流暢な日本語で喋る謎の外国人。房丸が会うのは今回が2度目だった。
「ゲェ!?アカメ!!」
そう言ったのは笙だ。
「こんなイケメン前にして『ゲェ!?』はないやろ、『ゲェ!?』は。」
確かに、アカメは日本人離れした長身と、目鼻立ちがはっきりした端正な顔立ちをしている。
髪は黒だが目の色は赤に近く、白い肌は日焼けしてそばかすが散っていた。化粧で肌を隠せば、現代でいうアイドル並みの容姿である。
アカメは口をとがらせて不満を言ったが、口なら笙も一切引けを取らない。
「オマエ胡散臭いんだよぉ!なんでこんなとこにいるんだよ!」
どうやら笙はアカメが嫌いらしい。だが、彼がここにいるのはもちろん…
「千穐様。連れてきやしたぜ、アカメ」
気がつくとアカメの後ろに二人の見慣れた男が二人、案内役としてここにやってきていた。篳篥と竜笛だ。
「ご苦労だった。そういうわけで清正殿。この男が例の売人だ」
突然の顔合わせに戸惑ったのは房丸、そして河村だ。
(やっぱ企んでんじゃねぇ〜かっ!!)
河村はさらに考えを巡らせる。
いや、そもそもここに来ることは今日決めたばかり。…清正か?!清正もグルか!?
と、清正を見ると彼は目線だけで察して否定した。
「いえ、私も事前に聞いていたわけではございませんよ」
そう言いつつ、相変わらずの笑顔で「志摩屋清正でございます。貴方が晏海会の方ですか」
と自己紹介を始めた。
「さいですぅ〜。今日は千穐はんに呼ばれて刀を拝見しに参りましてなぁ、あ、ワイ晏海会のアカメ言いますぅ〜、以後お見知りおきを〜」
軽い調子でそう言うが、奴婢(いわゆる奴隷)の売買の現場にいたことを知る房丸は(相変わらず胡散臭い奴だな〜)と外野から見ていた。
それに、清正は素知らぬ顔をしているが、千穐とは取引する品のことは予め話し合っていることだろう。だからこそ、清正は足繁く屋敷に出入りしていたのだろうし、千穐も頃合いを見計らってアカメを呼び寄せたに違いない。
ところで「晏海会」について説明しよう。
実は前回の三沢為国との会談で出した「売人」が所属する海商の名である。
大永3年(1523年)大内義興と利権を巡って対立していた細川高国が明の寧波で起こした寧波争貢事件、いわゆる寧波の乱により日明貿易は停止していたのだが、その反動で密貿易が活発化していた。
晏海会はそんな時代の流れの中で拡大しつつある商団であり、実際は明国が発布した海上利用制限政策・海禁に抗い、交易と各地への襲撃を繰り返す武装海商であった。裏の名を「赤牙舶」と呼ばれる、要するに成り上がりの海賊である。
とまあ、そんな裏事情があることから笙が嫌い、房丸が訝しむに相当する人物ではあるのだが、アカメはそんな二人の目など気にせず気ままに振る舞う。
刀の姿を見ていた房丸に「あんちゃん、そのままじっとしといてやぁ〜」と静止させ、その刀身をじろじろ観察した。
「はっはぁ〜、確かにええ刀や。これの拵をもっとギンギラギンに派手に装飾したものにすれば、海の向こうの金持ち連中には高く売れそうやなぁ〜」
と、ニヤニヤ笑う。
「ほな清正はん、ワイしばらくこの地におるさかい、実際に納品する刀出来上がったらまた見せてぇな」
「ええ、もちろん。その他にもご要望がありましたら品を取り揃えますので遠慮なくお申し付けくださいませ」
「ほんまかぁ〜!いやさっすが商売上手なお人やんなぁ〜!カッカッカ」
上機嫌でそろばんを取り出し、チャカチャカと計算しながら細かい商談をその場で重ねていくアカメと清正。
それを苦い顔で眺めるのは河村だった。
「河村殿、そう渋い顔をなさるな」
見ると千穐が口角をあげて話しかけた。
「この商談は前もって殿にもご了承いただいていたこと。それが少し早まっただけだ。それから、アカメはしばらく滞在させること、そして『火薬』も既にアカメによって手配済だ。もう少し我らを信用していただきたい」
そう言われたが、河村としてはなかなか受け入れがたい話だった。
確かに、鉢屋衆が三沢に与する手土産として、異国からの火薬やその他の品を貿易する売人を紹介する話は承知している。だが、もう少し正式な場が設けられると思っていた。こんな場所で気軽に交渉が行われるとは予想もしなかったのだ。
河村はなんだか手玉に取られているような気がして落ち着かない。
実際のところ、これを契機に千穐と房丸はアカメを交えて屋敷を頻繁に出入りできるようになり、その活動範囲も広がっていくこととなった。
***
領地では、鉢屋衆が三沢の配下になった話題で持ちきりになった。
河村を従えた上で、志摩屋の若旦那の案内で各所に顔を出す余所者は有名になっていたのだ。彼らの正体が尼子氏の忍びと彼らの手引きでやってきた異国の売人であったことが、どこからか噂として広まっていた。
評判のいい清正を伴っていること、そして元来の人たらしである房丸のおかげで、民衆からの評判は上々なのだが、やはり快く思わない者もあった。
三沢為国の年の離れた弟、三沢城に居を構える為幸である。
為幸は齢二十九。為国とは親子ほど歳が離れている兄弟なのだが、それ故に三沢と尼子が争った過去を身をもって体感していない。
現在は名実ともに出雲守護である尼子氏を全面的に支持するとともに、尼子経久からは能を買われ可愛がられていた。尼子を厭う実兄とはそこだけが分かり合えないのだった。
鉢屋衆の噂はまたたく間に広がり、あることないこと囁かれる始末だったが、確定的なこともまたある。
例えば、頭領である鉢屋萬斎が、子によって殺されたという事実だ。現在、兄弟で二分に分かれてしまっているが、曲がったことが嫌いで実直な為幸からすると、親殺しは許し難き罪である。尼子氏から正式な通達は来ていないが、罪人として詠太郎及び娘を捕らえよ、という命令がくだることも充分に考えられた。
その上、この娘のくノ一というのが絶世の美女であり、兄の為国を謀って尼子に反旗を翻すなどという噂も耳にし、鉢屋を飼うことに危機感を持つようになっていた。
悪いことに、為国が密かに武器の製造量を増やし、戦の準備を着々と進めていることにも、為幸は気づいてしまっていたのだ。
「兄の目を覚さなければならぬ」
三沢為幸は、鉢屋を排除せねばならないと断じた。
ある日のこと、房丸たちはいつものように河村に監視されながらも城下外れの観音堂を本堂に持つ寺にやってきていた。
ここの住職は年配だが気のいい人物で、房丸は師匠の同瞬の面影を重ねてすっかり親しくなっていた。
清正とアカメは同席していなかったが、笙、太助、そして千穐も伴っており、河村はそろそろ屋敷に戻るぞ、と催促していた矢先のことだ。
寺の小僧が足早にやってきて住職に耳打ちした。
「何やら、お連れの方が房丸殿と千穐殿に取り急ぎお伝えしたいことがあると…お連れしてもよろしいでしょうか」
怪訝に思ったのは河村も同様だ。
「まずは俺の配下に様子を見てこさせよう」
そして幾ばくもせずに、河村の配下と篳篥、竜笛が座敷に入ってきた。
「三沢城の城主が闇討ちを仕掛けてきたようです。ざっと見渡して約二十余程度」
「近場にいた仲間三人を呼び寄せましたが対抗できる戦力はすぐに集められやせんでした。闇討ち連中、既に村の外れまで来てやすぜ」
それを聞いて住職は顔色を変えたが、房丸たちを追い返さないだけの胆力は持ち合わせているようだ。
「今夜はここに留まりなさいませ」
少なくとも、ここには河村も同席している。帰ってこなければ藤ケ瀬城から人が様子見にくるだろうというのである。
だが、房丸は断った。
「嬉しいお申し出ではありますが、ここでの騒ぎは私の思うところではありませんのでな!」
続けて竜笛に問いかける。
「そいつらは、まだ村には入ってきてないんだな?」
「ああ。だが時間の問題だ」
房丸は「ふうむ」と考えたがすぐに答えを出した。
「住職、代わりと言ってはなんだが、松明や行灯をお借りしたい!あと太鼓」
「太鼓?…ですか?」
住職が聞き返すが、房丸は首肯する。竜笛も思わず、
「何をするつもりなんだよ?」
と、この状況にも関わらずニヤニヤと笑った。
「なに、祭りでもおっぱじめようと思ってな!あ、できれば笛などの楽器もあれば尚良いのだが。竜笛、それから篳篥。その名の通り、吹けるのか?」
房丸のこの問いに、なんと今までずっと沈黙を貫いていた千穐が笑った。しかも大口を開けて。
「あっはっはっは!房丸、そなたはやはり面白いな」
ちなみに、こんなに大笑いをする千穐を見るのは、房丸にとって初めてだ。驚いて二の句が継げない房丸をおいて、千穐は改めて命じた。
「篳篥、竜笛、他の三人もここへ呼び寄せろ。笙、祭りの支度だ」
「「「はっ!!!」」」




