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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
御家騒動
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拾四 長船鍛冶

河村(こうむら)は警護という名の監視を2名つけることで、外出を許可してくれた。


「俺も行く。余計な真似はしてくれるなよ」


もはや堅苦しい話し方と態度はやめたようで、嫌そうな表情もまったく隠さず不機嫌だ。一方、(しょう)太助(たすけ)はご機嫌だった。


「行く行く!行く行く!あたしも一緒に」

「ワシもっ」

「「行きたい〜!!」」

という要望が叶ったからである。


房丸(ふさまる)もまた、この狭っ苦しい屋敷に閉じ込められているのは性に合わなかったクチなので、三沢領(みさわりょう)を見て回れるなら久々の気晴らしになりそうだと思った。

ただし、その横にはずっと沈黙していた千穐(せんしゅう)が連れ立つというのが気にかかるところである。


「何を企んでいる?」


ジト目で伺う房丸の表情が面白かったのか、千穐はくすりと笑った。

「何も」

「いいや、ぜっったい、何か企んでいるだろ」


その様子を後ろで見守る河村もまた、房丸と同じことを心の中で呟いていた。


ぜ〜ったい、何か企んでいやがるぜ、この女っ!!!


だが、当の千穐は二人からの突き刺さる疑りの視線を軽やかに払い除け、美しい笑顔で笑っている。


(⋯おい、油断するなよ河村)

(⋯ったりめーだよ、アンタもいざとなったらあの女止めろよな)

(止まるかなぁ〜⋯)

(おい、一応仲間なんだろがよっ)

(いや、それがまた日の浅い仲間でな⋯)


小声でやりとりする房丸と河村。何故かすっかり意気投合している。

一方、千穐が加わることに単純に喜んでいるのは清正(きよまさ)だった。


「やれ嬉しや。賑やかな道中になりそうですね」



こうして、千穐、房丸、笙、太助が屋敷から出るのを河村と配下2名が警護という名の監視として付き添い、その一行を清正と志摩屋(しまや)手代(てだい)が案内する形で目的地へ向かった。

ちなみに、包帯男だと目立つこともあって、房丸は包帯を解いて“房丸”として外出を許可されている。


出雲は製鉄の盛んな地。周囲の山からは木立の合間から煙が立ち上り、鍛冶場から吐き出された熱気が立ちこめている。あちこちから金槌(かなづち)の甲高い音が鳴り響き、鉄の焼ける独特な匂いが鼻をくすぐった。

ここらは砂鉄採集のために山の壁面が崩されていっており、その土砂は斐伊(ひい)川に流されて独特の風景が広がっている。江戸時代にはこの光景はさらに進み、「鉄穴流(かんななが)し」という、砂鉄採集のために地形そのものが変わる大規模な砂鉄採集場と化すのだが、その片鱗は享禄(きょうろく)年間でも露わとなっていた。

それを物珍しく見て回る房丸一行だったが、一番目を引いたのは、道行く人々が皆笑顔で清正に会釈をすることだった。


「志摩屋の若旦那、今日はどちらへ」

「若旦那ぁ、今度うちの鍛冶場に寄ってくだせぇ」

「若旦那、親方が会いたがってますぜ」


それを清正が品よく手を振り、ひと言一言返していくものだから、笙が思わず舌を巻いた。

「ワカダンナ、ワカダンナって⋯清正様はえらい人気なんだなぁ」


応えたのは河村だ。

「志摩屋といえば三沢御用達(ごようたし)大店(おおだな)だが、清正殿はその足でたたら場や職人の様子を見て廻っているからな。人柄もあるが、目利きとしても能のある方で、そのお眼鏡に叶う仕事ができれば、しっかり報酬も払われる。皆、懇意になりたがるのさ」


「私はまだまだ半人前ですが、この目は父にも褒められるんですよ。商人は目が大事。仕事を見極め、人を選び、時を計らい、好機を見逃さない。これが商売の秘訣です」


この若旦那こと清正には一目を置く河村は、彼がおそらく何らかの算段があって房丸らを連れ出したとみていた。商いに関することにおいては非常に計算高く、この地で三沢に背く行為を働くことも利益にはならないだろう、と。そこだけは信頼できた。


清正は数々のたたら場や職人の町を抜け、山奥に向かっていった。一行はさらに進み行き山奥の小さな鍛冶場へと入っていく。



宗重(むねしげ)さん、お待たせしましたね」


清正が鍛冶場に入ると、そこには壮年の職人が待ち構えていた。


「よう、待ってたぜぇ、坊っちゃん」


不遜な態度を隠さないその男こそ、清正が房丸に会わせたかった刀鍛冶、備前国長船(びぜんのくにおさふね)(じゅう)宗重(むねしげ)だった。



***



備前長船。


備前国長船を本拠地とした日本刀史上最大の刀工集団が生み出した刀剣の通称にして、名刀の代名詞とも謳われる。鎌倉時代から続く名工を輩出し続けている流派であり、一門もまた数多くいると言われているが、その中の一人が今、ここにいた。


白髪交じりだが威勢だけは劣らないといった感じで、態度も言葉も不遜を隠さない。身分にあぐらをかくだけの人物なら不快になるかもしれないが、この場にやってきた者たちの中にそのような人間はいなかった。

清正からの「備前国長船住宗重、その人です」と紹介を受けると、特にそれが分かる者なら目をしばたかせる。


「長船の」

と、河村も軽く驚くほどだった。製鉄の国だが、その名を名乗る者がこんなに近くにいようとは思わなかったのだろう。


宗重はそんな一行の視線を無視して、清正に一振りの刀をずい、と差し出した。


「ご所望の刀、出来上がってるぜ。見てみな」


それは既に(こしらえ)も整えられており、実に見事な一振りに仕上がっていた。


落ち着いた青墨(あおずみ)色の鞘は、青でも黒でもない夜の水面のように艷やかにして、光の加減で雨上がりの空のように晴れ上がる。

(つば)はあえて装飾を抑えて透かしも入れていないが、わずかに縦長に整えられた変形鍔だ。その打ち肌は微細な波紋を打っていた。

柄はやや灰を含んだ乳白色の柄鮫(つかざめ)鮫皮(さめがわ)と言われるエイの皮が宝石のように艶が出るまで根気強く磨かれ、これに藍に近い紺の絹糸が極めて実直に、きつく巻かれている。


「素晴らしい出来栄えです」


清正はそう言うやいなや、後ろで見守っていた房丸に顔を向ける。ニコニコと裏表のない笑顔でチョイチョイと手招きするので、房丸はよくわからないまま隣に座り、差し出された刀を受け取った。


「房丸様、是非抜いてみてください」


房丸がすらり、と慎重にその刀を抜き、まっすぐに立ててその姿を見た。


()りは控えめ。極めて自然に流れるような美しい反りにして、地金(じがね)小板目肌(こいためはだ)。木材の板のような模様で、板目が細かく、よく()んでいる。

刃文は直刃調(すぐはちょう)で、華やかな乱れこそないが、光に当てると白く輝き、均一によく鍛えられているのが分かる。

が、この直刃を目で追っていると、一瞬瞬くように揺らいだ気がした。


(ん?)


房丸の視線が動きを止めると、その様子を見ていた宗重が「ほう」と面白いものを見たようにニヤニヤと笑った。


「アンタ、すっとぼけた顔してるがなかなかおもしれぇ漢だな」


それに呼応するように清正も嬉しそうに手をぽん、と合わせた。

「ね?私の目も伊達ではないでしょう?房丸様はやはり宗重さんの刀を持つに相応しい」


わけがわからないのは房丸ほか全員だ。ぽかんと二人の様子に見入っている。清正は改めて説明を始めた。


「実は、この備前長船住宗重は、所謂『妖刀』を生み出す刀鍛冶と言われています」

「けっ、別に作りたくて作ってるわけじゃねぇんだがよ。俺の作った刀に狂わされた持ち主が、合戦で乱心したようでな。それだけじゃねぇ、正気を失う小名(しょうみょう)、人斬りに目覚めてしまうお武家、まぁなんと全部俺の作だと。『長船の妖刀』なんて噂が立つようになって、本流から外されちまった」

にこにこと相変わらず笑顔を崩さない清正と、軽くため息を吐く宗重。この妖刀を作り出す刀鍛冶を見出し、ここに匿っているのが誰でもない、清正なのだろう。


「宗重さんの作り出す刀は、あまりにも完成度が高いため、何かを宿しやすいみたいですね。ですが、それは(あるじ)如何(いかん)によっては至宝(しほう)に至ると私は思います」

そこで、清正は再び房丸を見た。

「房丸様は、この刀を持つに相応しい。きっと、この出雲を変える明るい兆しを生み出してくださる方だと信じて、この刀を受け取っていただきたいのです」

さらに宗重もそれに付け加えた。

「俺ぁアンタのことは露ほども知らねぇけどよ、その刀はアンタを認めたみたいだぜ」


さて、そう言われた房丸は固まった。


房丸は元から人々を引きつける何かがあるのは、周囲にいる者はそれとなく察することができるだろう。だが、彼自身は、そこまで人に良くしてもらう理由など何も持っていなかった。

房丸は、まだ何もしていない。

それが房丸を戸惑わせてしまっていた。

ちなみに、戦国時代における美術的価値のある(大量生産ではない)刀なら現代の価値に換算すると約60万ほどはするものなので、無論「ぽん」と渡されるものではない。


房丸の心情を察した清正は「こほん」と咳払いをしてさらにもう一つの事情を晒すことにした。


「宗重さんの打つ刀は非常に美しいのはご覧の通りなので、実は宝飾で飾った絢爛(けんらん)な刀を製作し、異国に輸出しようと思っておりまして。今回はまあ、その試作とも言えるものなのですよ」


日本刀は美術工芸品としても高い価値があり、名工の打つ刀剣は国内でも贈答品として主君からの褒賞や寺や神社などへの奉納品としても多く作られた他、海外との貿易でも流通している。

清正は、この完成度の高い刀を実用的な武器ではなく、海外のコレクター向けの美術品として売り出そうと計画しているのだという。

そしてこれは、一振り一振りに丹精を込める作り手としても不満はないだろう。昨今、合戦に用いるための数打物(かずうちもの)(量産する低品質の刀)を作るより余程作り甲斐があるというものだ。宗重の「妖刀」も、血を吸わねば騒ぐまい。


そこまで説明を終えると、鍛冶場の入り口から一人の男がいきなり入ってきた。


「てなわけでワイにお呼びがかかったってわけやなぁ!千穐はぁ~ん、会いたかったでぇ〜!」


騒がしい関西弁なまりの怪しい男、即ちアカメである。

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