拾 荷駄と志摩屋
戦国時代の物資の移動。
それは頻繁に行われるが、非常に難の絶えない事業であった。
何しろ治安が悪い。山賊、海賊、野伏の襲撃が後を絶たず、国同士の領地争いに巻き込まれることもある。
三沢は、出雲国のなかでも有力な国人だが、だからこそ大量の物資の調達は慎重にならざるを得なかった。「戦の準備」とも取られかねないからだ。
今でこそ尼子氏の傘下に入ったが、裏切り裏切られを当たり前のように繰り返す戦国の世にあって、周囲からは当然その動きを見張られている。
その合間を縫って何事もなく各関所を通過できるよう根回ししながら、すべての荷駄を領地まで運び入れるのは非常に骨の折れる事業だった。
そんな隊商は馬借、車借(牛に荷車を引かせる運送者)の他にも護衛を含めて五百人という一大組織が組まれるのだが、その宰領を務めるのは齢二十二の無精髭の男だ。
名は河村景真。元は因幡国の地侍の家系だが、牢人の末、現在は三沢に取り立てられ頭角を現し始めた者である。各地を転々とした流浪時代に傭兵稼業で修行を重ね、様々な実戦に知見をもつことを買われ、侍だけでなく商人や牢人衆を含めた雑多な集団をまとめあげるに最適な人材として重用されているようだった。
「なーんか、落ち着かねぇんだよなぁ〜」
騎乗した河村が、報告を聞いた後ぽりぽりと頬を掻いていた。鉄紺色の胴丸に陣羽織を羽織ってはいるものの、無精髭に気の抜けた切れ長の瞳は武士らしくもない佇まいだ。しかし、だからこそこの雑多な集団をうまくまとめ上げることができるのだろう。
すぐ後ろを同じく馬に乗って従うのは、商人の志摩屋清正だ。
「どうかなさいましたか?」
河村の様子が気になるようで、話しかけた。
志摩屋は三沢と懇意の商人で、今回の積荷である石見の良質な砂鉄や木炭の調達から馬借、車借の手配一切を任され、さらには領内に運び込まれるまでの危険な道中も付き添っていた。
(跡取り息子がご苦労なこった)
河村は暗に思っていたが、ひょろひょろとした体躯の若者にしてはなかなか肝が座っており、この道すがらで少しずつ敬意を表するようになっていた。
「清正殿、蟠根峠を越えるのは初めてではありませんな?」
「ええ、蟠根様とは取引をしたこともあり、縁もあります。今までも関銭を払えばなんなく通過してきました」
「ふむ」
河村はしばし顎に手を当てて考えた後、自分の感じたことを清正に伝えた。
「先を行かせた斥候が申すところによると、蟠根の山砦からしきりに人を出没させているとのこと」
「我らの荷駄を狙っていると?」
「⋯正直、否定はできませんな。事前に三沢の荷駄が通ることもまた知らせているはずなのですが、なんだか妙に忙しない」
これに対して、清正も持っている情報を河村に伝える。
「蟠根様の小領では何かと不足が多いというのは明らかなこと。出雲は戦続きで、その度に蟠根様方からも駆り出されているようですが、負担の方が大きいのでしょう。確かに最近、峠での物盗りが増えたというのは聞いています」
河村もそのことはよく分かっていた。
「三沢ですら、度重なる戦では戦果より負担の方が大きくなっておりますから、左様なこともありましょう」
(だからこそ、この荷駄が必要になってくるのだよなぁ)
河村は前後に伸びる行列を見渡し、これから起こるかもしれない面倒事にため息をついた。
(蟠根などという小物が三沢の荷駄を襲うなど、あまりにも力が違いすぎて正気を疑うところだ。いくら困窮しているとはいえ、実行に移すほど馬鹿ではないと思いたいのだが⋯まあ、それは蟠根次第だな。
三沢としては、今後も石見国から物資を引き入れるのに蟠根峠は必ず通る。むしろ、この要所を手に入れる絶好の機会と捉えるだろう。しかし、今回は戦力が少なすぎる⋯)
河村の心配事とは、そこだった。
実は今回の隊商、物資だけが積荷ではない。護衛に扮して紛れ込ませた炭焼き職人、たたら師などの人材を密かに領地に送り届けることこそが重要な任務であったのだ。
故に、ありとあらゆる人脈を駆使し、金を積み、慎重に歩みを進めていたはずなのだが、ここにきて大誤算というわけだ。
(今後も物資の調達は必要不可欠。となると志摩屋の坊っちゃんも死守せにゃならんな⋯うわー、骨が折れるわぁー)
ぼんやりとした顔でそのようなことを考えていたが、個人的にはこの志摩屋清正を気に入っている。河村はすぐさま部下を三名ほど呼び寄せた。
「清正殿、万が一の時はこの者らを護衛にしてお逃げください」
「は、はい」
河村の様子からして、争いは避けられない可能性が高いと悟った清正は一瞬たじろいだ。しかし、すぐさま覚悟を決めたようでいつも通りの表情に戻る。
(よしよし、アンタが無事なら俺の首も繋がるからな。あとは蟠根がどこまでの阿呆か、ということだが)
***
房丸達は、山砦の裏山付近まで接近していた。蟠根氏の根城、その板葺き屋根が青空の下によく見える。
「ん?」
房丸が真っ先に異変に気づいた。
この青空に向かって、屋根付近からもくもくと白い煙が立ち上り始めたのだ。忍びの使う狼煙である。
「合図だ。皆の衆、行くぞ!」
千穐の声に全員が「「おうっ!」」と気合を入れて山砦に向かって駆け下りていった。房丸もそれに習って一直線に続いていく。
程なくして、向かう先から大勢の怒号が聞こえてきた。例の「五百人の隊商」と、それを襲う蟠根兵だろう。
房丸を含めた千穐らはその叫びを聞きつつも、侵入を防ぐために植え込まれた削ぎ竹、逆茂木をなんなく乗り越えて城館までたどり着いた。
屋敷はしんと静まり返っているが、皮革の腹当を身に着けた男が千穐を出迎える。
「千穐様、既に戦闘は始まっております。手筈も整えておりますので、あとはご指示に従い着火するまで」
顔、装いも見ぬ者だったが、どうやら仲間が蟠根兵に化けて潜入していたようだ。千穐はそれに「よし」と頷きつつ、彼に導かれて砦入口付近で争っている声の方に直進していった。
城館から見下ろすと、列をなしていただろう隊商は既に蜘蛛の子を散らしたように四方八方に散り散りになりながら逃げ惑い、刀を振り回す蟠根兵に追い回されている。
武装している護衛のような者達もいるのだが、騎馬兵と揃いの甲冑を着た者以外は反撃をするでもなく悲鳴を上げて逃げ出しており、荷駄隊は劣勢だった。
千穐はその様子を一望し、先ほどの腹当の男に合図を送った。これから何を始めようというのか。
房丸はそんな周囲の動向を見守りつつ、争いの最中に視線を向けた。
身綺麗で武士にも見えない若者が、騎乗している馬ごと横倒しに倒れ込んだところが目に入ったのだ。
周囲には護衛らしい者達がこれまた馬上で敵に対峙しているのだが、どうやら蟠根側に強弓の射手がいるらしく、次々に射られて倒れ込んでいっていた。
「笙!!」
「承知っ」
笙はすぐさま蟠根弓兵に矢を放つ。間髪入れずに篳篥、竜笛が弓兵に向かって突撃していった。
「我らも行くぞ!」
千穐は房丸にそう促すと、弓で射られた若者たちの方に駆け出した。そしてちょうどその頃合いにて、城館から凄まじい爆発音が轟いた。
ドーンッッッ!
ドンッドーーンッッッ!!
この爆音と地響きに、この場にいた蟠根らはおろか、荷駄の者達も一斉に動きを止める。何が起こったのか誰も認識できなかっただろう。
実はこの時、「鉄砲」なるものはまだ日本に伝来していない。
1543年に種子島に伝来したとされる鉄砲が、実戦で用いられたのは1550年代、大規模な鉄砲隊編成で有名な織田信長の長篠の戦いは1575年。およそ20〜40年以上先の話である。
世の中の戦は専ら刀、槍、弓、など従来の武器が主流であり、耳をつんざくような鳴物の武器を目にする者はほとんどいなかっただろう。
だが、「ほとんど」というには理由があり、実は火薬というものは既に日本に入ってきていた。
鎌倉時代、蒙古襲来で蒙古軍が使ったとされる炸裂兵器「てつはう」(震天雷)。これはいわゆる手投げ式爆弾だ。
さらに『北条五代記』『三河物語』などの軍記物には、享禄の頃に既に日本国内で使用されていた「鉄炮」と云う物についての記述もある。これが果たして火縄銃なのか、何なのかは定かではない。
しかしながら、少なくとも火薬、つまり黒色火薬の製法は既に日本に伝来していたのは事実だった。
出雲の忍、ことにこの抜きん出た才を持つ千穐という女傑は、いち早く火薬の有用性に気づき、己らの武器として実戦に導入していたのである。




