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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
御家騒動
78/85

玖 蟠根峠

鉢屋(はちや)響次郎(きょうじろう)


鉢屋衆頭領鉢屋萬斎(まんさい)の次男にして、冷酷非道で残忍な萬斎と同じく、忍務のためなら仲間を見殺しにすることも厭わない男だ。


長男詠太郎(えいたろう)、そして詠太郎を慕う長女の千穐(せんしゅう)らとは考え方の違いから度々衝突しており、双方の仲はどんどん険悪になっていっていた。

祖父弥之三郎(やのさぶろう)の代から謀聖と称えられる戦国武将、尼子経久に仕えた鉢屋衆。その最大の強みは常識を覆す奇策を用い、勝利へ導く奇襲や騙し討ちである。故に、その犠牲者は敵だけでなく、無辜の民、弱者である女子供、そして仲間だった。

忍務のために捨て駒にされる仲間の死に心を痛める詠太郎と千穐のぬるい考え方は、萬斎、響次郎にとって一族の存亡と発展の邪魔だと感じていたのだろう。萬斎、響次郎はある時ついに詠太郎の暗殺を企てた。忍務と称して誘き出し、焼き殺そうとしたのだ。


千穐はいち早くその事実を察知し、詠太郎を助け出すも激昂した。

千穐は、血縁であるはずの長男を躊躇いもせず殺そうとする父と次男の有り様に、ついに我慢の限界を超えたのである。すぐさま日頃から詠太郎と千穐を慕う仲間に呼びかけ、萬斎、響次郎を強襲した。



「萬斎殿は首をはね、絶命したのをしかと見届けました。響次郎殿も右手を切り落としたのですぞ。仮に一命を取り留めたとて、我等を追ってくるでしょうか」


そう言ったのは、四人衆が一人、篳竹(ひちく)。白髪交じりにしわのよった顔。老師に次ぐ年長者のように見えるが、その眼光は鋭い。


「必ず、来る」


千穐は短く断言した。千穐の予想は高い確率で的中することを知る者たちはもはや反論することはない。


「萬斎だけでなく、主要な手練はあの時殆ど殺してしまいました。だからこそ、深手を負った詠太郎様とともにここまで逃げ遂せることができたわけですが、彼奴らが体勢を立て直して我らの前に立ちはだかるとして、あちら側の戦力はどれだけありましょう?」


今度は篳竹の隣に座る敦賀(つるが)。こちらも四人衆の一人で線が細く、男にも女にも見えるような中性的な印象の男だ。


「響次郎に心酔する鎮目(しずめ)主水(もんど)⋯あ奴は忍務で出雲を離れていたな。葛野(かどの)小十郎や薄衣(うすぎぬ)といった輩も、儂は死体を見ておらんぞ」

「なかなかに曲者揃いだ。やはり油断はできぬ。響次郎の命で動き出せば、必ずや我らの脅威となろう」


熊のような見た目で周囲を威圧する鉦鼓(しょうこ)が言った。それをさらに隣の鳳笙(ほうしょう)が補足する。鳳笙は千穐とともに床についた詠太郎の元に足繁く通っていた腹心だ。

この四名が千穐の参謀を務める四人衆と言われている。


「響次郎がやってくるのをわざわざ待ってやる道理はない。先手を打つ。奴らがもう一度立ち上がる前にな⋯」


千穐は不敵に笑った。

詠太郎の前ではもちろん、人勾引(ひとかどい)(人さらい)の売人たちの前でも見せなかった、燃えあがるような怒りに満ちた瞳と酷薄な笑みだった。



***



「⋯という話の流れはだいたい飲み込めたのだが、何故こんな場所で夜道を駆けねばならんのだ?」


包帯グルグル巻きの房丸(ふさまる)が夜道を疾走しながら、隣を走る千穐に問うた。


「これから向かう蟠根(ばんこん)峠は出雲と石見の国境に近い場所、交易路と山道、鉱山の通り道を押さえている要所だ。そこを領する蟠根(ばんこん)氏は悪名が高くてな」


ふむ、と千穐の話に聞き耳を立てる。


蟠根氏というのは、元は出雲源氏の支流で、南北朝時代に一時は「石見・出雲の国境地帯」に砦を築いて地域の軍事的要衝を担っていた一族だった。かつては足利直義方の忠臣として名を馳せたが、観応の擾乱後に失脚し、以後は次第に力を失い、「山野に隠れ住む野武士化」した。

現在は「通行料徴収(=関銭)と略奪で生計を立てる土豪」に成り下がっている。


「ふーん、そういえば蟠根峠の話は聞いたことがあるな。ほとんど山賊に近い奴らだとも。関銭だけで済めばいいが、たまに積荷も奪うし、殺しもやると」

「そう。そして、今から我らが為すことは、その『山賊退治』だ」


闇夜の中で疾走する千穐の瞳が鈍く光った。その瞳の色を見た房丸は「本気だな」と感じるものの、彼女たちがこれから為そうとする全貌はまるで見えないままだ。

房丸からすれば、「響次郎を討つ」という目標が何故「山賊退治」につながるのか分からない。が、共についてきた仲間たちは一切の戸惑いも迷いもなく千穐に従っているのを見る限り、これが目標への最短ルートなのだろうな、と思うしかなかった。


「それにしても、アンタ、なかなかやるじゃん!アタシらの速度についてこられるなんてさ!」


やや後方から張りのある甲高い声が聞こえてくる。(しょう)だ。十にも満たぬ女児こそが、この速度についてこれることのほうが驚きだ、と思って振り返るとなんのことはない。相撲取りのような巨漢の肩に乗っており、新参者の太助もまた最初から期待されていないようで、脇に抱えられて恥ずかしそうにしていた。巨漢の名は竜笛(りゅうてき)

竜笛はその体躯に似合わず俊敏に夜道を駆けており、息も乱さず房丸をにやにや見る。


「房丸よぉ、あんた本当はどこぞの忍者じゃないのか?」


その言葉にトゲはない。最初の頃よりずっと態度が軟化した者の一人だ。その問いかけも、間者の可能性を疑うというより、ただの軽口だと思われる。


「私は山育ちだからな。夜道を駆けるのには慣れている。あと路銀もないから旅の道中は山中で過ごすことも多かったんだ」


その返答に、竜笛はカラカラ笑った。

「だからって普通はこうはならねぇよ」


竜笛をはじめ、女たちも幼い頃から鍛錬を積み重ねて生き残った強者揃い。その中で遜色どころか、頭一つ飛び抜けるほど、房丸の身体能力は高い。

「ほんとほんとー!その鎖鎌だって初めて使うんだろ?その割には詠太郎様みたいに完璧に使いこなしてるしさっ!」

そう言って、笙は房丸が帯に差し込んでいる鎖鎌を指差した。

詠太郎に扮するにあたって、詠太郎の得意武器を扱えるように指南を受けたのだが、ものの数分で基本的な扱い方をマスターしてしまったのだった。

「ははっ、詠太郎様が俺たちに遺してくれた最後の置き土産だな」

けらけらと冗談を言って笑い合う竜笛と笙。

(⋯私は土産モノかよ⋯)

と房丸は思ったが、房丸が何か言う前に不機嫌そうな声が割って入った。


「おい、べちゃくちゃ無駄口を叩く暇があったら足動かせや」


竜笛と笙を睨みつけ、逆に房丸のことは一切無視を貫いている篳篥(ひちりき)だ。

人勾引(ひとかどい)の屋敷では竜笛と組んで動いていたこの男は、鼠のようにずる賢そうな顔をした小男だった。


「ちぇっ、人見知りが過ぎるだろ篳篥」

「そーだそーだぁ!」

「だぁれが人見知りだっ!黙って走れ竜笛!笙、てめぇは自力で走れ!」

「なんだとネズミ顔〜!」

「ネズミ言うなガキンチョ!」


わちゃわちゃし始めた三人を横目に、千穐が口を開いた。


「房丸。そなたはこれより房丸ではない。詠太郎になりきり、詠太郎として振る舞え。お前たちも、今後『房丸』の名を呼ぶことを禁ずる!」

「「「はっ!」」」

三人が瞬時に真顔になり、千穐に応じた。

「では兄様。これからのことを簡単に説明する」


千穐は走りながら前方に見え隠れする一つの山を指差した。


「あの山を越えた先に、我らの目指す『蟠根峠』が見えてくる。先遣隊曰く、蟠根峠にはそろそろ石見から三沢領へ向かう隊商約五百人が通るはずだ」


隊商約五百人。

このご時世、積荷を狙う悪漢が跋扈(ばっこ)する中、無事に運び通すには護衛を含めた一大武装隊商を組織することは珍しくない。三沢領へ向かっているというなら、その隊商の雇い主は恐らく領主。


「この荷駄を蟠根は狙う()()()()()()()()のだが、我等の役目はそれを阻止し、隊商を守ること、だ」


千穐はそう言って薄く笑み、房丸の瞳をしっかり見据えた。房丸もその瞳を見返したが、「守る」という言葉にはいささか不釣り合いな、不穏な瞳の色に押し黙るしかなかった。

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