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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
御家騒動
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捌 決起

詠太郎(えいたろう)は、房丸(ふさまる)が来てから五日後に息を引き取った。


この五日間、房丸は毎日のように詠太郎の元へ通っていた。理由は、詠太郎自身が「房丸殿と話がしたい」というからだ。訪れてみれば、旅の道中の話をせがまれるので、房丸は言われるがままに旅での出来事を話して聞かせていた。

詠太郎は目に見えて日に日に弱っており、しゃべる力を失っていっていた。だから己の話をすることはあまりなかったのだが、その分、房丸の話を聞く時間だけはあったのだ。

房丸も、そのような詠太郎を不憫に思い、思いつく限りの体験を話して聞かせたのだが、これが詠太郎にとっては何よりの楽しみになっていったようだった。

最終的には話も尽きて、房丸が育った周防の山寺での思い出話まで持ち出すことになったのだが、詠太郎は声を出して笑うこともあった。



「⋯鬼の棲む山中の柿の木。そこでは一切柿を採ってはならぬと言われているが、空腹に耐えきれず兄者(あにじゃ)とこっそり失敬したのだ。すると背後からずんずんと足音が追ってきて、『まずい!』と思って駆け出すも足がもつれて兄者とともにひっくり返り、そのまま斜面を二人でコロンコロン、コロンコロン!懐に入れた柿もコロンコロン、コロンコロン⋯」

「はははははっ」


忍びの家系に生まれ、物心つく前から厳しい鍛錬を強いられてきた詠太郎にとって、房丸の目を通して見える世界は、不思議に溢れ、色に溢れていた。


「⋯なんと面白き世の中だろう⋯。私も己の眼で見て回ることができたなら、どれだけ楽しかっただろう⋯」

途切れ途切れに話す詠太郎に、房丸は「元気になって見て回ればいい」などとは言わない。それほど、詠太郎は生気を失っていっている。


「⋯宗音(そうおん)殿。私も、会ってみたかった⋯」


房丸の兄弟子である宗音の話は格段に多く、房丸自身も懐かしそうに語るせいか、詠太郎はそのようなことを言い出すことがあった。


「うん。大真面目で、私とは正反対だが不思議と馬が合ってな。兄者は常に怪異を身に纏っていたが、それ故に張りがあって楽しかったな。今は御家の都合でとある国人領主の若君に仕えているのだが、元気にやっているかなぁ」

「宗、音殿の目から見たら、私には何かが憑いて、いるかな⋯」

「いや。私だって寺で修行した身なのだぞ?そんなこと私にだって視れば分かる。お前には、何も憑いていないさ、詠太郎」

「ほ、んとう、か?」

「ああ。お前は真っさらだ。恨みにもとらわれず、怒りにもとらわれず。お前に感謝の念を抱く者たちの慈愛によって見守られ、真っ白に清められている」

「そう、か」


詠太郎は房丸の言葉に安堵し、じわじわと腐ってゆく肌を緩ませ、穏やかな瞳をしていた。

「わた、しも、房丸殿と、宗音殿、のように、共にわらい、共に、おののき、とも、に、泣く、そんな、友人が、ほしかっ、、た⋯」

「何を言う、詠太郎。私はお前の友だ。お前と共に笑い、泣き、最期まで見送ってやる。安心しろ、詠太郎」

「⋯ああ、、なんと、うれしい、ことを⋯」



詠太郎の最期は本当に穏やかな顔つきだった。

そして、出雲を出奔し、身動きの取れなくなった詠太郎を抱えて各地を転々と逃げ回っていた千穐(せんしゅう)らは、ここで一つの区切りをつけることになる。

頭として掲げていた詠太郎はもういないのだ。どこへ向かい、何をするのか。


「千穐様に従いまする」

「異論はござらん」


千穐の左右に分かれる形で鎮座する四人衆が一斉に頭を垂れた。

千穐は彼らの様子に小さく頷くと、今度は目の前に集まる二十七名の同志の顔をゆっくりと見回した。たった今、詠太郎を見送って悲しみに暮れていた皆の瞳には、炎のように激しく艶やかな千穐の美貌が映っている。


「センシュウさまぁ!あたしもセンシュウさまについていくよぉっ!」


ずびっと鼻を鳴らしながら(しょう)が訴えた。横にいる(こと)他、女衆も目を赤くして詠太郎の死を悼んでいたが、彼女たちもこれからは千穐にすべて委ねるつもりのようだ。男衆、そして新参者の太助ですら、強い目をして千穐に従うことに頷いている。


「お前はどうする、房丸」


千穐が問い、部屋の隅っこに控えていた房丸はばちりと目が合った。

千穐は無表情だが、二人の行き交う視線はこの数日で随分と打ち解けていることを周囲の者は感じただろう。


「私もお前についていくさ。詠太郎と約束したからな!」

その答えに千穐がふっと笑む。


「よし、皆の衆!兄様(あにさま)に代わり、私が皆を導いてゆく。ついてきてほしい!」


よく通る千穐の声が広間に小気味良く響き渡ると、全員が志を同じくして「おおっ!」と唸りを上げた。


彼らはついに、起つ。



***




「それで⋯これをずっと巻いておけ、と?」


房丸が不満そうな顔をして千穐を見るが、対する千穐はにやりと笑んで首肯する。

「そうだ」

「面倒くさいなぁ」

「そう言うな、これから兄様(あにさま)に扮して動いてもらわねばならん。誰が見ているやもしれぬしな」

「えー⋯」

そんな会話に割って入るのは、房丸の顔や体にぐるぐると包帯を巻いている老師だ。

「房丸殿、動かないでくだされ⋯巻きにくうてかなわん」


両腕、両足、胴、そして顔。とにかく肌が見えないほどぐるぐると巻かれ、もはや包帯男といった様相になっていっている。

特に顔は目しか見えない。

「喋りにくいんだが⋯」

房丸がもごもごと主張する。しかし、千穐が愉快そうにその顔を眺め、言った。

「あまり喋らない方がいいだろう。兄様(あにさま)とは声も口調も違うからな。あと髪質も違うな⋯その(まげ)、切るか」

「えっ、切るの?!伸ばしていたのにぃ〜⋯」

女子(おなご)のような口ぶりだな。いいじゃないか、こんなボサボサ髷」

千穐はそう言って、持っていた小刀であっさりと房丸の髷を短く切り揃えてしまった。

目だけでも房丸が仏頂面になっているのが伺える。千穐はそれを見て思わず「くすり」と笑ってしまった。



「千穐さま、四人衆の皆様がお呼びです」

声がして振り返ると、「琴」と呼ばれていた娘が廊下から顔を出していた。

「今行く」

千穐はなんでもなかったかのように表情を戻し、包帯ぐるぐる巻きの房丸、老師を置いてその場を離れていった。

琴もその後に続くのかと思いきや、千穐の背中を見送った後、二人のそばに駆け寄ってくる。

「ねぇ。今、千穐さま笑っていらした?」

どちらに声を掛けるともなく言ったようだが、老師が答える。

「ああ、笑っておられたな」

「何があったの」

「いや、特段⋯。房丸殿のこの格好を見て笑っておられただけだな⋯」

そう言うので、琴は座っている房丸を頭の先から足の先まで見つめた。

「ぷっ、あっはは!」

「そんなに可笑しいか?」

房丸が不機嫌そうに呟く。

「いや、悪かったわ。あなたがあまりに嫌そうな顔をしているからおかしかっただけ。きっと千穐さまもその膨れっ面を笑ったのね!」

気を取り出して、琴はもう一度房丸を隅から隅まで見回している。

「うん、黙っていれば詠太郎さまに見えなくないわ。目元は少し違うけれど、近しい者以外に気づかれることはないはずよ。それにしても、千穐さまがあんな風に笑うのを久しぶりに見た気がする⋯」

琴の発言に老師も頷いた。

「そうじゃな。詠太郎様があのような目に遭ってからというもの、ずっと張り詰めておられた。いや、ほとばしる怒りを抑えきれないという様子だった。房丸殿が我らとともに歩むと言うてくださったこと、儂は正直、安堵しておるよ」

「私??」

房丸が首を傾げて老師を見る。

「いかにも。詠太郎様の最期を見届けてくだされたこと、儂はもちろん、千穐様も感謝しておられる」

老師が居住まいを正して改めてそう言うと、横にいた琴も深く頷いた。

「ええ、本当に。房丸様、あなたには感謝してもしきれないわ。詠太郎様のあんな笑い声、私たちが聞いたのは最初で最後だったの⋯どんなに救われたことか⋯。余所者には猜疑心を抱く皆も、あなたのことを認める者も出てきているのよ。千穐さまも、きっとそう思っておられるのだわ⋯!」

気がつくと、二人とも感極まったのか涙目で房丸を仰ぎ見ていた。

「いや、私は何もしていないぞ⋯」

戸惑う房丸だが、老師も琴も、そしておそらく他の者たちも多くそのように感じているようで、たった数日で己の扱いが変わったことはなんとなく察していた。



詠太郎と房丸の友情は、老師も側で聞いていた。衝立の向こうでは千穐も。

さらにその向こうでは、たまに聞こえてくる詠太郎の笑い声を、他の仲間たちも聞いていた。

故に、詠太郎に寄り添う房丸への皆の感情は変わっていっていたのだ。



たった五日間の友情ではあったが、房丸は詠太郎のために己に出来ることをしようと覚悟を決めていた。だから、千穐が今から為そうとする「ある事」にも「ついてゆく」と公言した。



「出雲の鉢屋衆。里を出る時に痛手こそ負わせたが、抜忍となった我等を許すとは到底思えぬ。必ずや刺客を放ってくるだろう。だが、断じて奴らの思い通りになどさせてなるものか。先手を打ち、必ず返り討ちにしてみせる」


千穐は、追手が迫ってくると分かっていて、素直に待ち構えている性格ではない。相手の虚をつき、裏をかき、完膚なきまでに叩きのめす。千穐に率いられた皆と房丸は、ここから動き出す。

少し修正しました。

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