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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
御家騒動
75/85

陸 兄様

着いた場所は、とある山中の打ち捨てられた砦だった。


この辺りは戦が相次ぎ、権力者の支配域が目まぐるしく変わっている。新しい権力者の目の行き届かぬ場所、あるいは用済みになった場所というのは、案外そここに点在しており、流動的に動くこういった集団の格好の隠れ家となっていた。現在は彼等によって簡単にであるが修補され、万が一攻められても立てこもれるほどの土塀や柵で囲まれている。ただ、あくまで仮住まいのような様相だった。


中にはニ、三十人ほどの仲間がいた。小勢だが、それゆえに機敏そうだ。武装しており、男女比率は男が少し多いくらいか。流石に子どもは(しょう)以外にはいないようだ。



「お前、名前は?」

笙が新入りとなった少年に問う。

「太助」

「よし、太助!今日から下っ端の仕事をしてもらうぞ!私は笙だ!先輩なんだぞ!」

えへんえへん、と偉そうにふんぞり返ってそのように言う。

「今から色々教えてやるからついてこい!」

そうして、太助をぐいぐいと引っ張り回して奥へと駆け出していった。


「房丸、そなたはこちらだ」


千穐(せんしゅう)の後に房丸はついて行くが、その周りをぐるりと男衆、女衆に取り囲まれて砦内で一番大きな主殿(しゅでん)に入っていった。


板張りの広い一室には四人の男が座っていた。全員が鋭い目つきで異分子である房丸に注目する。射抜きそうなほどの殺気を帯びた瞳が八つ。房丸は飄々と交わし、部屋の真ん中、つまり全員に取り囲まれる場所に座らされた。

一方、千穐は留守を任せていた四人に「今帰った」と一言言うと、男達が頭を下げ「ご無事で」と労う。この中で一番格上なのはやはり千穐だ。

続いて、四人の中の一人が立ち上がったかと思うと千穐とともに後ろの衝立で間仕切られた小部屋へと入っていった。小部屋には他にも人がいるようで、ぼそぼそと複数人の声が聞こえてきた。房丸はその間、取り囲まれる形で全員の視線を一身に浴びていたが、彼らの様子を見て勘づいていた。

奥の小部屋には「兄様(あにさま)」であり「若頭」と呼ばれていた者が床についている、と。病なのか怪我なのか、どうやら具合が良くないらしい、とも。


しばらくすると衝立の向こうから千穐、共に席を立っていた男がまた戻ってきて自分の席に座る。千穐は四人の男の間に用意された上座の、その一つ右隣の席に座った。空席の上座は、若頭の座なのだろう。


「紹介する。小糸房丸(こいとふさまる)だ。今日から我等の身内となる」


身内、という言葉に、何も聞いていなかった留守役の三人が目を剥いた。

「なんと」

「何者ですか」

「⋯理由を聞かせていただけるのでしょうな」


この質問には、無言だった千穐の代わりに道中を共にした男が口を開く。


「若頭の影武者にするんだと」

「「「⋯⋯⋯」」」


またヌメつけるような視線が房丸にぶすぶすと突き刺さる。房丸も黙ってはいない。


「千穐、私はお主らの『身内』になるなど承服していないぞ。言っただろう?『面白そうだからついてきた』だけだ」


「軽々しく口を利くな若造」

「センシュウ様と呼べ」

幾人かが殺気立って立ち上がりかけるが、千穐が止めた。

「やめよ。お前たちでは歯が立たぬ」


警戒こそ解かないが、彼らは千穐の言葉に動きを止める。

「房丸、そなたの好奇心は満たされたか?我等としては、ここまで来た者を解き放つつもりはない。承服できぬと言ったが、そなた自身でここまで来たのだ。我等が納得できるような落とし前をつけてもらうぞ」

そう言われると、房丸はふーむ、と考え込んだ。

「確かになー。面白そうだとついては来たが、ここで引き返すのは興ざめだ。でも、身内と言われても困るんだよなぁ。なあ、アンタらだってそうだろう?」

房丸はくるりと首を回して、後ろの男に問いかけた。千穐の言葉如何によっては刺し違えてやろうと意気込み、今にも懐の小刀を投げようと構えていた男である。

「てめぇ、遊びじゃねえんだよっ!」

房丸の眼差しを受けて本音を口に出し、ダンッと右足を踏み出して小刀を構えるが、横の男に止められていた。

「よせ、センシュウ様のお望みではない」

「うるせぇ、舐め腐った野郎なんか大嫌いだ!」

殺気立って皆が立ち上がる中、房丸はいまだ囲まれたまま胡座をかいて言い返した。

「いやいや、舐め腐ってなどいないぞ。興ざめとは言ったが遊んでいるわけではない。私は師匠に言われた通り『世を見て回っている』のだ。戦に次ぐ戦で村々が焼き払われ、無条理に人々が殺され、売り飛ばされる。嘆かわしい世の中だな。しかし、そんな中でも囚われた人々を助ける者もいる。私はこの目でしかと見た。アンタらの善行を」


房丸の声はよく通った。

大きく張り、しかし叫んでいる風でもない、澄んだ声音。このような殺気に満ちた場所にはおよそ似合わない声だったが、人の動きを、心を止めさせる何かがあった。


「⋯善行ではない。我等の目的は仲間の救出だ」

房丸の声に応じたのは、こちらも鋭さが含まれるが美しい声音だった。千穐である。

「分かっているさ。それでも善行だ。私一人ではどうにも出来なかったことを、アンタらは命がけでやったのだから。しかも仲間だけでなく、結局全員を解放した。簡単にできることではない」

房丸の言葉に千穐が黙ると、なおも続けた。


「私は見たくなったのだ。アンタらが為す次のことを」


すると、屏風の後ろで音がした。

兄様(あにさま)!!」

千穐が驚き駆け寄ると、寝間着のままの男が少しだけ顔を覗かせて「房丸殿」と名を呼んだ。

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