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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
御家騒動
73/85

肆 蛇とニギメ

「我等を見たからには下手に放逐できぬ」


女の言い分はそのようなことだったが、アカメに売られずに済んで実はほっとした房丸(ふさまる)だった。先程の話なら、売物は港から船で運ぶのだろう。アカメの見た目からも、多分売り先は異国。


(海上に出られちゃ、逃げ場がないからな)


房丸は抵抗することなく、大人しく縄に掛かって様子を見ることにした。


「検断(警察)が来る前に引き揚げる」


美女の合図で全員が早々にこの場から撤退した。



房丸はその道中で、怪しまれないように目を配りながら美女の仲間たちを全員確認した。

男が6人、女が2人、女児1人。

皆顔を頭巾で覆っている。

さらに、人勾引(ひとかどい)から救い出した仲間の女。これは村娘といったナリをしており頭巾は被っていない。だが、仲間と同じように統率された動きで隙がなかった。

房丸は男と女の二人がかりで脇を固められ、余計な真似ができないように縄で引かれていた。無論、ここで騒動を起こすつもりもないので大人しく従っている。

その後ろには、先程解放された者が五人ほどついてきていた。

彼らは村を焼かれ、家族を殺され、もはや行く場所がない人々のようで、追従したいと申し出たようだ。

一人は初老の男だが足が悪いらしく、ヨロヨロと足を引きながら付き従う。そして、若い女が幼児を抱えてその後ろをついてきていた。さらにその後ろに妙齢の女が一人と、房丸より年若そうな痩せた少年が一人。

美女は彼らがついてくることをあまりよくは思っていないようだった。


「我等は追われる身だ。付き従ったところで良い待遇は望めぬぞ」


と諭す。だが、それでも彼等はついてきた。奴婢にされなかったのはマシなだけで、今後の見通しは暗いのだ。どう転んでも悪いのであれば、彼らに従ってこの場を離れたいと思ったのだろう。


房丸は後ろの彼等に声をかけた。


「爺さん、足が悪いならおぶってやるぞ」


そう言って足を止め、初老の男の前で膝をついて促す。つまり、縄はとうに切っている。


「「おい!?」」


見張っていた左右の男女が声を荒げるが、房丸はいつもの屈託のない笑顔で「まあまあ」となだめた。

「逃げはせん。この爺さんもせっかく自由の身になったんだ。行けるところまで連れて行ってやろう、な?」


そう言われると二人は固まった。

彼らが根っからの悪徳集団ではないことは既に分かっている。連れ去られ、売られる人々に同情的だからこそ、仲間だけでなく助けたに違いないのだから。


日が暮れた後も、彼等は山道をひたすら歩いた。人里に近づくのは都合が悪いらしく、ひと山越え、ふた山越えた辺りでようやく休息する。


美女の仲間は半々に別れ、周囲を警戒する者と火を焚いて食事の準備をする者と交代で休息をとるようだ。

房丸と五人は相変わらず見張られていたが、少し離れたところで焚き火を囲むことを許してくれた。少量ながら雑穀と小鍋も貸してくれたので火にかける。


「これだけでは心許ない。なぁ、私の荷の中に蛇の干物とニギメ(ワカメ)があったろう?あれを返してくれないか」


房丸が問いかけると、荷物の中からそれらしき巾着を見つけて「これか」と投げてよこされた。

確かに房丸のものだ。

「そんなものを食うのか」

と見張りの女が呟いたが、房丸は上機嫌だ。

「食えるものは何でも食う。丈夫な体を維持する秘訣だぞ。蛇は骨が多いから坊(幼児)には駄目だが、味が出て雑炊も美味くなる。まあ食ってみろ」


雑炊を口にすると、皆は気持ちがようやく落ち着いたようだった。

見張りの二人も興味深そうにこちらを見るので一口だけ味見させる。


「う、ん。まあまあだな」

「蛇か…」


との感想だが、口にいれる前の歪んだ表情は緩んでいる。


「ま、ぅま、ま」

おそらく二、三歳であろう幼児が母親に食べさせてもらって言葉を漏らし、母もその子供の様子に顔を綻ばせる。血縁ではなさそうだが、妙齢の女もこの母子に寄り添って笑顔が出ていた。

痩せこけた少年は無言だったが、久々に口に含んだ食物に涙目になっている。そんな中、初老の男が口を開く。


「俺ぁ、もともと刀鍛冶なんだ」


誰に言うでもない様子だが、房丸は相槌を打った。

「うん」

「この通り足が悪くて捕まっちまった。そこから手に職があったことで生かされて、転売されてあの屋敷まで連れてこられた」

ぞぞ、と雑炊を搔き込んでまた喋る。

「出雲国三沢荘の生まれだ。月山富田城(がっさんとだじょう)へも何振りか刀を献上しに行ったことがある」


そこで男は見張りの者にゆっくりと視線を合わせた。


「あんたら、鉢屋衆(はちやしゅう)だろ」


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