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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
御家騒動
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弐 人勾引

女はすいすいと人混みをくぐり抜けて歩いていった。


仮にも美女であるならば、一人で歩いていれば誰かしら振り向きそうなものなのだが、あまりにも自然にその場に溶け込んでいるせいで誰からも視線を注がれない。

それを少し距離をおいて房丸(ふさまる)が尾行する。


気がつくと、どんどん行き交う人が少なくなり、辺りも寂れて廃屋ばかりが立ち並ぶ町外れまで来てしまった。

房丸は昨日からこの周辺をうろついているが、「町外れは治安が悪いから近づくな」と何人かに忠告されている。人勾引(ひとかどい)(人さらい)が出るというのである。

山の麓で催される人市で売買される「人」がこの近辺の古屋敷に集められているらしく、無力な者は格好の餌食になるということだった。


房丸はこういった人身売買の類には嫌悪感を隠しきれない質なのだが、実際に戦で生け捕りにされた民たちが縄にかけられ、行列をなして連れて行かれるのを何度か見た。戦はただ領地を奪い合うだけのものではなく、そこで強奪した物品と同じように、人も戦利品として扱われるのだ。国によって規定があるらしいのだが、公然と行われていたのが戦国時代の実情である。



流石に人の気配がまばらになってからは、胡乱(うろん)な目つきの者たちが女に気づき始めていた。

房丸は物陰に隠れながら見守っていたが、ここまで来ると女の向かう先が予想できた。たぶん、あそこに向かっているのだろう、と遠目からも見える建物に目が行く。


(なんか、ヤバそうだなぁ)


とは思ったものの、ここで回れ右ができるほど無難な思考回路をしていない。むしろこれからどうなるのか好奇心が疼いてしょうがなかった。腕に多少なりとも自信のある者にありがちな思考回路である。



荒廃し始めている町外れには、周りの荒れ具合と打って変わって、異様に堅牢そうな門が鎮座していた。目つきの悪い男が二人、番をしており、颯爽と近づいてくる女に注目している。

房丸は遠目からその様子を見ていたが、女が男達に話しかけているかと思えば、あっという間に大の男がどさどさと倒された。


(ほほう、やるなぁ)


と思っている間に女は門をくぐっていく。慌ててその後を追って入った。



房丸が門をくぐると、中は怒号が響き渡る大乱闘の様相になっていた。

見ると、女は一人ではなく他にも仲間が潜入していたようで、武器を持った雇われ用心棒のような男達と争っていた。

実は、うまく気配は消されているものの、房丸以外にも女を尾行している者がいるなとは思っていたのだ。彼らは女の仲間だったのだろう。裏からも侵入した者がいるようで、虚を突かれて屋敷の中は混乱している。

そして、房丸もこの混乱の中で女を後ろから襲おうとする輩を二、三人殴り飛ばして加勢した。いまいち女の目的が分からないが、いや、それでも加勢するなら女側だな、と単純な思考で動いてしまった。

勿論、そんな房丸に女も振り返る。

ようやく顔が拝めた、と思った。


「…思った通り美人だなぁ」


というのが、この土壇場での間抜けな第一声である。


これに対する返答はなく、代わりに射抜くような強い眼差しを女が向けてきた。

「お前は何者だ」

透き通るような、しかし刺さりそうなほど鋭い声色である。この乱闘の中でもまったく動じている様子を見せない、驚くほど涼しい顔だった。おそらく、房丸が尾けていることなどお見通しだったのだと思われる。

さて、そう問われて返答に困ったのは房丸だ。特に何者でもなく、強いて言うなら「アンタの尻を追いかけて来てしまった」だけなのだが、流石に言えなかった。しかし、


「コイツ、センシュウさまのお尻を追いかけてきた、ただのド助平野郎(すけべやろー)ですよぉっ!」


そんな声が頭上から降ってくる。

見ると、土塀の上に人影があり、短弓を引いているなと思えば房丸に向けて矢が降ってきた。

「どわっ」

寸で避ける房丸。

声の主は「ちっ、当たらなかったか」と呟いたが、よく見ると小娘だった。頭巾で顔を隠しているが、もしかして十も過ぎていない女児なのでは。

そんなやりとりを無視して、センシュウと呼ばれていた美女が声を張り上げる。


「お前達、売人は捕縛せよ!」

それに、既に制圧しかけていた仲間たちが頷く。皆、かなりの手練のようで、しかも統制された動きは見事という他なかった。しかも、男女(女児含む)入り乱れている。


屋敷、とは言ったが、ここは既に主をなくした場所だったようだ。

建物は手入れされた様子はなく荒れ果てており、もちろん売人たちの住処というわけでもなさそうだ。本当に、売買する「人」を一時的に保管する場所になっているようで、門扉を含む外壁が、逃げ出さないように修補されたのみといった感じである。

売人たちは手酷い仕打ちこそ受けたようだが皆生きたまま捕縛された。そして、売物として連行されていた人々は解放され、その中の一人が仲間に伴われて美女の前で跪いた。


「とんだ失態を犯してしまい、申し訳ありませんでした」

村娘と言った体だが、その仕草、立ち振舞はそうとは見えない。

(こと)、そなたが無事なればそれでよい。なぁ、(しょう)

美女が塀上の子供を仰ぎ見ると、「(ねね)さまぁ!ご無事で!」と嬉しそうだ。

続いて、美女は解放した老若男女に向かって声を張り上げた。


「我等は仲間を取り戻しにやってきた!そなたたちに危害を加える気は毛頭ない。ここから先は何処ぞへと自由に行くが良い」


これを聞いて、歓喜の声とともに屋敷を出る者たちが門へ群がっていく。近隣の村々から攫われた者たちは故郷へ帰っていくのだろう。 

房丸はその様子を「ふーん」と言った様相でただ見守るに留まっていた。

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