参拾九 名
翌朝、日に照らされて改めて城の惨状を見回ると酷い有様だった。
今年新しく作ったばかりの土塀や建物は崩され、荒らされた城内は惨憺たる有様だ。死人、怪我人も数人出ており、その中の一人はこの騒動の首謀者、蘆屋蝦蟇虫がいるのだが、死体は残らなかった。
使役していた妖達、そして式神と称していた大太法師までも、どうやら自身の血肉と引換に契約を結んでいたようで、残されたモノたちは蝦蟇虫の死体に群がり食い尽くして消えていった。
堀溝については、興泰は宣告した通り一切口を挟まず、領主及び家臣たちの判断に委ねるとした。次期領主と認めない者たちの言い分を、興泰は跳ね除けるほどの実績がないからというのが理由らしい。だが、父である領主は堀溝を許さなかった。長年に渡り謀り続け、姑息な手段で呪殺を企てた者を側に置き続けることはできないからだ。後日、その罪により斬首刑に処された。こうして、厄運の若君はまた一歩、次期領主としての足場を固めることとなる。
ところで、逃げる蝦蟇虫を殴り飛ばした部外者が城内にいた件については、興泰の計らいにより不問に処され、むしろ蝦蟇虫をその場に留めた功労を賞されたことも追記しておこう。
奉納試合で蝦蟇虫に敗退した六郎という無頼漢。左目を潰された恨みを晴らすために蝦蟇虫を尾行していたようだが、百鬼の妖や巨大な大太法師にも怯まずその場に留まり続けた度胸は大したものだ、と領主からもお墨付きを貰い、なんやかんやと門番に召し抱えられて城に留まることになる。
「私の反物がまさかこのように役立つとは思いませんでしたけれど、心を込めたかいがあったというものですね」
奈美は無事に帰ってきた興泰に、完成した反物を改めて見せながらそう言った。
「この反物で陣羽織を仕立てた際には、何よりの守りとなるであろう。礼を言うぞ、奈美」
穏やかな笑顔で奈美を見つめる興泰。
「それにしても、この反物の端から宗音殿が吸い込まれるように消えた時には本当にびっくりしました。私、初めて不思議をこの目で見ましたもの」
「そうか、では此度のことも本当に恐ろしかったことだろう。妖の大群に巨大な式神。この世とは思えぬ光景だった」
「??何のことでございますか?」
「え」
「え?」
会話が噛み合わず見つめ合う二人。その二人の様子に、横から口を挟む者があった。
「オキヤスさまぁ〜、オクガタさまはなぁーんも視えてはおらんかったということなんじゃないですかね?」
ゴトゴト、と左右に揺れる石が喋る。磨かれて座敷にあげられ、小さめの座布団の上に転がされているあの石だ。
「そういえば、この動く石も不思議ですね。また何かしゃべっていますか?」
奈美がつんつん、と石をつつくと、「ちょ、くすぐったい」と石が動くがその声は聞こえないらしい。
石は、何故かまだこの世に留まってここにいた。
翌朝、荒れた庭先でゴトゴトと音を立てて助けを求める石が発見され、興泰の許しを得てお滋によって磨かれてここに置かれているのである。
「いやぁ。儂、あのまま魔界におるつもりでおったんじゃがな。曲者をそのままにしておくとあの場の妖達が食い散らかしてより凶暴化してしまうし、どうしたもんかと困っておったんじゃ。そしたら、呼ばれたんじゃ」
相変わらず毒気のない声色で石が言う。
「オクガタさまの反物が挟まっていた岩の隙間からポタリ、ポタリと雫が落ちて、儂を呼ぶ声が聞こえてな。ふらふらと近づいたら、気づくと城に戻っておった」
これに応えたのは宗音だ。
「雫。つまり水ということなら龍神様のお力でしょう」
曰く、興泰の助けとなるべく龍神が呼び寄せたのではないかということだった。元は蛇ということもあり、龍神と同様に水との親和性も高く、神の使いとも言われる生き物だ。
また、破魔の力がある奈美の投石により呪いが変化し妖に転じたという経緯から、どうも呪縛から解放されても意思だけは残ってしまったようだった。
「まぁ、内に眠っておった呪いとやらも蝦蟇虫に返しちゃったし、儂としてはスッキリ爽快。これからは気ままに妖生活を送りたいのう。というわけでオキヤスさまぁ、何卒よろしくお願いします」
と、ゴトゴト笑っている。
「龍神様からの使いとあらば無碍には出来ぬな。ならば改めて名をやろう」
興泰はしばし考えて、口を開いた。
「介石。お前の名前は介石だ」




