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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
迷い石
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参拾六 暴露

奈美(なみ)は余裕の顔を取り繕い、姿勢を正した。


蝦蟇虫(がまむし)殿と言いましたね。先程の言葉は(まこと)ですか?」


蝦蟇虫にも庭木の向こう側の藤吉(とうきち)とお(しげ)の声は聞こえただろうが、子供の声なのもあって左程気にはなっていないようだ。むしろ混乱した城内の怒号や悲鳴、兵たちの立ち回る足音が鳴り響いており、そちらに気を取られているかもしれない。

そしてこの騒ぎは、間違いなく藤吉と滋、そして戻ってきた宗音(そうおん)興泰(おきやす)の耳にも届いているはず。

奈美は興泰の様子が分からないことから、まずはこの怪しい男が興泰へ向かわないように引きつけねばなるまい、と腹をくくる。


「気の強い女は良いのう。儂の女にしても良いな」

「ふざけたことを…!問いに答えなさい」


すると、転がされている堀溝が芋虫のようにうねりながら喚き出す。

其奴(そやつ)の言葉に耳を貸してはならぬっ!曲者(くせもの)じゃあっ!」


その言葉に蝦蟇虫はニヤリと笑ったかと思うと、堀溝を縛り上げている(あやかし)が尻に噛みついた。

「あ痛ぁぁっっ!」


「下卑た男よ。曲がりなりにも武の者と自負するなら力で相手をねじ伏せれば良いものを、呪殺という手段で領主の嫡子暗殺を企てるのだからなぁ」

奈美は青ざめながら蝦蟇虫の言葉を反芻する。

「呪殺…」

「そうじゃ。領主に取り入り魔除けの札と称して呪符を若君に持たせる。少しずつ少しずつ、若君に贈る呪符の数を増やしていき、弱らせたところを絡め取る。面倒だが確実な殺し方じゃ。あの宗音とかいう若僧がその呪符を焚き上げ解呪せなんだら、若君は今頃あの世行きであったろう」

まるで当たり前のように興泰の殺害をほのめかす男に奈美は食い下がつた。

「なぜそのようなことを…!」

すると蝦蟇虫はくつくつと人を不愉快にさせる笑いを浮かべ、転がった堀溝に目を向けた。

「この男が心底臆病だからよ」


すると、堀溝が奇妙な向きに手足を曲げられながらも起き上がった。

堀溝に噛みつき縛り上げている複数の妖たちが無理やり堀溝の体を起こしているのだ。そうして、蝦蟇虫の視線に合わせて向きもくるりと変えられる。より一層縛りがきついらしく、堀溝は口が半開きになり(よだれ)を垂らしながらも、血走った瞳を蝦蟇虫に向けた。

「…お、のれぇ、許さぬぞ蝦蟇虫…!!」

「くくく、手も足も出ぬ状態でよく吠える。まさに負け犬じゃ」

「き、貴様ぁ!お主のために屋敷を貸し与え、道具を揃えさせ、世話をしてやったのは儂じゃぞ!」

「それこそ堀溝よ、お主の願い、興泰殿の呪殺を叶えるためではないか」


堀溝と蝦蟇虫の言い合いを黙って聞いていた奈美だったが、両者が黙った頃を見て堀溝に問うた。


「堀溝殿、興泰様にどんな恨みがあるというのですか」


すると、目を剥いた堀溝が首だけをくるりと奈美に向け毒づいた。


「何が恨みじゃ!あのような鬼子を領主にしては久兼は終わりであろうが!!不運を纏い、この地を破滅に導く鬼の主を誰が支えるというのだっ!」


堀溝がツバを飛び散らして喚くのを、奈美は怒りを通り越したような青ざめた顔でぬめつけた。

「…興泰様が次期領主であることは、現領主である興盛(おきもり)様のご意思です。それをあなたは覆そうというのですか」

「ふんっ、領主一人の意見で全て事が決まると思うなよ小娘がっ!」



そこで、パンッと屋敷の戸が勢いよく開けられて全員が振り返った。


見ると、武装した平野仁左衛門(じんざえもん)近習(きんじゅう)猪山(いのやま)光次(みつじ)と約十人の足軽が隊列を組んで構えており、先程蝦蟇虫がくぐってやってきた扉から姿を現したのは、誰でもない久兼興盛、現領主。さらに(あるじ)を守るように武装兵たちがぞろぞろと辺りを取り囲んだ。

気がつけば、あれほど騒がしかった城内は静まり返り、妖の姿も消えている。仁左と光次、領主の後ろに控えている近習は何やら手に札を持っており、これが宗音が託した妖封じの札だと分かれば状況が読めてくるだろう。


「堀溝よ。確かに儂一人の決断で全てが決まるとは思っておらぬ」


領主興盛がいつもと同じような落ち着いた声色で語りかけた。

「この地を守るのはそなたや、他の家臣たちの力添えがあればこそだからじゃな。しかし、次期領主の暗殺が事実なら捨て置けぬ」


堀溝が縛られたまま青くなったが、悪いことに反対側の庭木からも人影が出てきてより一層顔を強張らせる。


「道理で札を頂いた辺りから不運が増したと思ったぞ」


既に抜刀して殺気を放つ久兼興泰、そしてその横に控える宗音だった。

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