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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
迷い石
62/85

参拾伍 錯綜する思惑

奉納試合後、久兼(ひさかね)の館にて宴が催されていた。



六郎は、決勝戦でキヨゾに右目を突かれ敗退。手当てを受けるために館の離れに連れてこられたのだが、隙を見て抜け出し、キヨゾの姿を探していたのだった。

宴は基本的に領主とその一族のためのものであるので、優勝者たちは労いの言葉さえかけられたが宴に参加することはない。別室にて食事と酒を振る舞われているようだ。だが、その中にキヨゾの姿はなかった。



キヨゾの奇妙な動き、呪文、そして香の匂い…どれをとっても怪しさ満点なのだが、側で試合を見守っていた審判や観戦者たちも、あの時正常な判断ができない状態だったように思えた。かろうじてキヨゾの凶行を止めようとした審判も、いまいち状況が掴めないような顔をして、結局キヨゾの勝ちを宣言してしまった。

六郎はキヨゾの不正を確信し、己の負傷さえ置いて復讐に燃えていた。


「あの野郎…ぜってぇ許さねぇ」


時間が経てば経つほど腸が煮えくり返るような怒りが湧いてくる。

強い者をぶっ叩き、気に入らぬ者も打ちのめす。弱肉強食の世界を力でのし上がってきた六郎にとって、やられたらやり返すというのは当たり前の事だった。でなければ舐められたままだからだ。


キヨゾが屋敷にいないことを察すると、日もすっかり暮れた屋外に繰り出し、闇の中で辺りをじっと伺いだした。片目となってしまった今、一層ものが見えにくい。だが、人がいれば必ず光源を持っている。キヨゾはいる。何か企んでいるに違いない。

野性的だが意外と察する能力に長けていた六郎の勘はずばり当たった。


ぼっ


と青白い光が夜道に浮かぶ。

(…なんだありゃ)

と思っていたら、そのほの明るい光がゆらめき、そこにキヨゾの顔が映っていた。

だが、会場で見た小汚い百姓姿ではない。やはり怪しい。一体何をするつもりなのか。

そう思って後をついていくと、若君が住まうという城にたどり着いた。あとは語った通り、この世のものとは思えない(あやかし)たちの大襲撃が城内で起こったのである。


六郎はここでも存外、冷静に物事を見ていた。


(どうやら、人を追いかけ回すだけで力のない妖もおるな…)


と、大騒動となっている門付近の様子をじっくり観察する。

誰も彼もパニックになって刀や槍を振り回しているが、一部の(あやかし)は刃を通り抜けてしまっている。同時に、妖たちも直接人間に危害を加えることもできないようで、大口を開けて飛びついても通り抜けて飛び去っていくものもいた。

だが、実際に人を喰らう妖、鋭い爪で引き裂く妖も数匹混じっていた。それらの牙や爪はかなり危険だが、しっかり見極められれば、この大混乱の中でもさほど手傷は負わなそうだ。

そう思った六郎は、悠々と奥へ向かうキヨゾを追い、物陰に隠れながら危険な妖を回避しつつ進んでいったのだった。



***



「奥方様、奥方様」


忙しない声が建物から聞こえてくる。


庭先の小さな観音堂の陰で地面にめり込んだ反物を握っていた奈美(なみ)、お(しげ)藤吉(とうきち)は一斉に振り返る。

「ここは見られない方がよさそう

ね…」


奈美はそう言うなり何食わぬ顔で建物に戻っていった。

「私はここよ。何事ですか」


すると、姿を探していたらしい侍女がほっと安心したように顔を緩め、「堀溝様がおいでに」と言った。

堀溝とは久兼の重臣、堀溝昌敬のことである。この男、何かと厭味ったらしい言い回しで興泰(おきやす)に釘を差しに来ることがあって奈美は嫌っている。だが、だからといって応対せぬわけにも行かないだろう。

奈美は精一杯取り繕いながら堀溝に笑顔を向ける。


「これはこれは堀溝殿。生憎、興泰様はまだお加減が優れませぬ。明日にでもご要件を承りましょう」

「やれやれ、左様でございまするか。今宵は久兼家一門が集まり、今後についての重要な話もあるというのに、興泰様はいつもこういった大切な時にご体調が悪うなられますな。いや、運悪く矢で射られたのだったか」


ムカッとくる奈美だが、握り拳をすっと袖に隠して再び笑顔を作る。

「今宵は奉納試合の宴と聞いております。そのような重要なお話などありますのでしょうか」

「ははは、これは失敬。奥方様に左様な小難しい話は理解できませぬな」

「……(むかっ)」


思わず無言になってぬめつけてしまう。

だが、直後に城内で何やら叫び声が複数響き始め、二人は異変に気づいた。


「何事じゃ」


うっとおしそうな顔をして人を呼ぶが、何故か側にいた侍女以外の者は姿を見せず、困惑しているとようやく人影が現れた。


「おお、その顔を見てようやく思い出した。堀溝殿であったのう」


にやにやといやらしい笑みを浮かべた男がするりと闇から顔をのぞかせる。


「なんだと?」

堀溝が顔をしかめ、見る見る表情が強張っていった。

「ふん、そうじゃ。お主に興泰を呪い殺せと命じられた蘆屋(あしや)蝦蟇虫(がまむし)じゃ」

この言葉に驚いたのは奈美であった。

「なんですって?」

たじろぐ堀溝と、愉快そうに笑う蝦蟇虫。この奇怪な男、様子がおかしいと思えば、黒い狩衣には黒光りする血が点々と付いていた。


「堀溝よ、無駄じゃ。お主の腰巾着達は鬱陶しいからのう。全員首をはねさせてもらった」

「…たわけたことを…!この、曲者め!」

ギラリ、と腰の刀を抜く堀溝だったが、それよりも速く動いたのは蝦蟇虫だ。

その掌から無数の妖が飛び出して、堀溝の肩にかじりつき、脛をひっかき、見る間に体勢を崩して這いつくばる。


「お主はまだ殺さぬ」


そう言い捨てて、今度は奈美に顔を向けた。

「さて。儂は今、取り急ぎ宗音殿に会いたいのじゃが、知らぬかえ」


くるりと向き直る蝦蟇虫。だが、その瞳は闇の中でぎょろりと光り、奈美は本能的に後ずさった。


(この男、ヤバいわね…)


「くくく、美しい女じゃ。興泰にはもったいない」

「…無礼な!」


側にいた侍女は堀溝の様子に腰を抜かしているし、堀溝もゴロゴロとのたうち回って身動きが取れぬ様子。

奈美はこの危険な男から離れようとジリジリ間合いを取っていると、子どもたちの叫び声が聞こえてきた。


何を言っているか聞き取れなかったが、間違いなく歓喜の声である。


(戻ってきたんだわ!)

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