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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
迷い石
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参拾参 観音菩薩

興泰(おきやす)が姿をくらまして後、奈美(なみ)の采配で四本松城に曲者(くせもの)が侵入したことを領主興盛(おきもり)、そして宗音(そうおん)らに伝えに走ったのは光次(みつじ)であった。


一方、仁左(じんざ)は行方不明の興泰の事が漏れぬようにそれとなく興泰の居室から人を遠ざける手筈を整える。

奈美もまた、侍女たちに動揺が伝わらぬよういつも通り振る舞い、昨日と同じように機織に興じる。

正直まったく集中できなかったが、奈美にできる事など何も無く、興泰の帰りを待つのみだ。


「…完成しちゃったわよ」


興泰のために織り続けていた反物がついに出来上がった。

上等な生糸を使っているので布地には艶があり、丹精込めて織り上げた魔除けの柄が一層際立って見える。

奈美はひとしきりその柄を愛でた後、城内で観音菩薩を祀ってある小さなお堂へ持っていった。他の建物とは隣接せず、庭木の合間をくねりと曲がる小さな細道の先にちんまりと鎮座している観音菩薩である。


「興泰様をお守りくださいまし」


奈美は観音菩薩が祀られた厨子の前に巻き上げた反物を備え、一心に祈る。すると、置いた場所が不安定だったのか、反物がころりと転がって奈美の足元に落ちたかと思えば、クルクルと見る間に巻きが解かれて地面に広がっていったのだ。


「あっ…」


奈美は慌てて止めようと思うも掴み損ない、転がりきって向こうの方まで広がりきってしまった。一気に手の届かない場所まで広がった反物に思わず呆然と立ち尽くしてしまう。



…もし、帰ってこなかったらどうしよう。


私を置いてみんなみんないってしまう。興泰様も、私を置いていくのだろうか。



かろうじて堰き止めていた不安がどっと溢れ出し、奈美はその場でしゃがみ込み、反物の端をぎゅっと握って目を瞑った。



「奥方様」



はたと顔を上げれば、いつも無表情で何事にも動じない宗音がほんの少し眉を下げて心配そうな面持ちをして立っていた。光次の報せを聞いていち早く帰ってきたのだ。


「まあ宗音殿!よく駆けつけてくれました。ちょっと待っててくださいまし」


早く興泰様の状況を伝えねば。


慌ててくしゃっと布地を掴んで豪快にまくしあげようとするので、見かねた宗音もまた「汚れてしまいますよ」と地面に広がった反物を手にとった。

「すべては光次から聞きました。こちらからもご報告したき事がございます」

「分かりました、では部屋に戻ってから伺いましょう」

二人がかりで広がりきった反物を丁寧に土を払いながら巻き上げていく。ところが、


「!」


ふと、宗音の動きが止まる。


「奥方様、お待ち下さい」

そう言って、転がりきった先の方を何やら見つめている。

「どうかしましたか?」

奈美が問いかけるが、宗音は無言のまま立ち上がって先の方を見に行った。


「そのまま反物を動かさないで頂けますか」

「何かあったの?」


宗音は反物には触れず、何やらじっと先の方を見ているのだが、その時、反物が微かに動いた気がした。


え?


奈美がそのまま固まっていると、またもや、宗音は触れていないにも関わらず反物がくい、と引っ張られるように動いている。ネズミかモグラか、何か動物が引っ張っているのだろうか。


「奥方様はそのまま手を離さないでいただけますか」

「はあ…」


宗音が何をしているのかいまいち分からず、反物を持ったまま立ち尽くしていると、ふいに宗音が反物の端に触れた気がした。

が、反物はぴくりとも動かず、むしろ宗音の腕が妙に地面にめり込んでいるなと思っていたら、次の瞬間、宗音は地面の中に沈み込むように消えていった。


「えええええええ」


思わず声が出てしまう奈美。


何今の?!初めてみた!!

これが、宗音殿の法力(ほうりき)というものなの!?


先ほどまでの憂いはぶっ飛び、好奇心でキラキラ目を輝かせる。興泰やお(しげ)、周りの者は色々な不思議や怪異を体験するのに、自分だけ何も見聞きしていないことを物足りなく感じていただけに、今まさに不思議が起こったことに大興奮なのだった。


落ち着け、落ち着け私!!!

宗音殿は「そのまま手を離さないで」とおっしゃっていたのだから、私はてこでも離さず持っていなければ!!!!!



すると、再び先ほどのように「くい、くい」と引っ張られる感覚があるのだが、それが次第に強まって重くなっていく。まるで何かが反物に寄りかかって体重でもかけているようにじりじりと引っ張られてゆくのだ。


「なんの」


気がつくと反物は奈美の持ち手から地面に向かってぴんと一直線に張られた状態に伸び上がり、力を込めねば地面に引きずり込まれていく。奈美は反物の端を握り直し、地面についた両足を広げて構えをとり、大物でも釣り上げる仕草で「てえぇい!」と腕を振り上げた。


すると、地面からひょこりと現れたのは反物をしっかりと掴んだ幼い手、頭、そしてその頭がくるりとこちらを向くと見慣れた目鼻立ちが見えた。


藤吉(とうきち)!?」

「奥方さまぁ!!!」


続いて藤吉が引っ張るようにしてもう一つの頭がひょこりと現れる。


「奥方さま!」

「滋!二人共よう無事で…!」


奈美は感極まって反物を手放しそうになったのだが、二人が慌てて反物に手を掛ける。


「奥方様、離さないで!」

「まだ興泰様と宗音様が向こうにおられるのです!」


藤吉とお滋の必死の表情に奈美も我に返る。

「そ、そう!興泰様もご無事なのね!?」

「はい、奥方様のこの反物があちらとこちらを繋いでくれているのです!」


そうしているうちに、何やら奇妙な唄が聞こえてきた。


「わっせ、ほいせ、ほいさっさ」

「ワカー、さまを釣り上げろィ!」

「おーえす、おーえす、おーいえす」


「チビマルたち!!」


藤吉が叫んだ。だんだん日が暮れかけており、彼らの活動時間となったようだ。


「おしげー、オシゲ。小童(こわっぱ)パ」

「気をつけなされィ、気をつけえー」

「何やら臭いがきつーての」

「臭い、クサイがやってくる」

「命を取りに、やってくる」

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