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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
帰省
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陸 光明

久兼(ひさかね)氏からの使者が見えた時、同瞬(どうしゅん)はすべてを理解した。


ああ、やはり宗音(そうおん)は久兼に仕えるのだ、と。




弟子をとるつもりは当初なかった。しかしこの十余年、各地の縁故から訳ありの童子を幾人ほど預かってきた。どうしても断りきれなかった、行く先のない子どもたち。

別に同情などで預かったつもりはなかったが、それぞれに個性があり、才能もあり、その成長を見守ることはいつしか何よりの楽しみになっていった。幾多の戦場を駆け抜け、技を極めし武芸家としての同瞬は、自分でも驚くほど丸くなったと思ってしまう。時が経つのは早いものだ。この頭から毛が一本もなくなるほどに、その月日は刻々と過ぎていく。


届いた文には、やはり亡き兄の意思を受け継ぎたいこと、そして、久兼氏の嫡子、多幸丸(たこうまる)殿の身の上に同情するようなことが書いてあった。そして、宗音はこう語る。



己にできることを最大限に行いたい。



悔いのない人生とは、逃げずに立ち向かっていくことがその第一歩だ、とさんざん説いてきた同瞬の言葉が、宗音にしっかり届いていると感じた言葉であった。


正直言うと、悔いのない人生など有りはしない。選んだ道はどれもこれも、正しくもあれば間違ってもいる。そんな中で、自分の選択肢は常に「実行する」ことが一番悔いのない選択だ、と教え込んだ。

迷ったときに、「やらなかった」後悔ほど無念なことはなかったからだ。


宗音は、何も為さずに帰ってくることを良しとしなかった。

同瞬はその選択をしっかり受け止め、心から賛同する。そして、帰りを待ちわびていた光明(こうみょう)を呼び出した。



「なんでしょう、お師匠様」


と言った光明は、泥まみれでニコニコ笑っている。そんなことより、その肩に背負った大きな茶色の肉塊に同瞬は唸った。


「…また狩ってきたのか、(いのしし)


光明は自分と同じ程の、いやもしかしたらそれ以上によく肥えた猪を仕留めて帰ってきた。


「また、ではございませんぞお師匠様。此奴(こやつ)は近年ここらの山で幅を利かせていたオオヌシの権八郎(いのしし)でございます。死闘の末、ようやく仕留めることができました…!」


その顔があまりに誇らしげで、泥まみれでも輝くように眩しかった。


「あー、うむ。よくやった。お前も成長したな」

「それほどでもありません!!」


そして、久方振りの馳走が食べれるとウキウキし始める光明に、さっそく宗音の話を聞かせてやった。




「ええーっ!帰ってこないのぉ?!」


光明の発した第一声に、同瞬はすかさず頭に一発入れた。


ぽくん!


その小気味良い音とともに、項垂(うなだ)れる光明の頭。予想していたが、やはり光明はがっくりきたようである。

だが、こればかりは致し方ない。


「まあそう落ち込むでない、光明よ」

「…そんなこと言われましてもーっ…兄者がいないなんて、私には退屈すぎて退屈すぎて…どーしたらいいかわからないのですぅ」

「…お前はまずその幼い言動を慎みなさい」


しょぼくれる光明の頭を、同瞬は再びぽくぽく小突いた。


「良いか、光明よ。お主ももう十五だ。そもそも、たった一つしか宗音と歳が違わぬにも関わらず、お前は幼すぎるのじゃ。その言葉と態度を改めなさい」


光明は、老いて縮んだ同瞬よりも一尺(約30センチ)も背が高かった。着慣れた童子用の水干(すいかん)が、もはやツンツルテンといった具合に小さくなっており、不釣り合いなほど成長している。


「ふぁ~い…」


ぽくんっ


生返事に再び一発頭に入る。

そして、同瞬は咳払いをして再び話し始める。



「光明、お前もそろそろ旅立つ時が来たようじゃ」

「…えっ」

「ここにおっても、お主はなーんのかわり映えのない毎日を過ごすだけじゃ。それでは成長できまいて」

「…て、ことは。どーゆーことでございますか、お師匠様」

「だから、旅立つのじゃ」





「旅、立つ!!!」


光明は担いでいた大猪をどさり、と地面に下ろして立ち上がった。


もはや先程までの憂いはどこかへ消え去り、旅立ちのことで胸が膨らみまくっている。


「まったく調子の良い…まあよいか。ほれ、お主のために用意したものを今日こそ渡そうぞ」


同瞬は手招きして、兼ねてより準備していた新しい着物一式と、一振(ひとふ)りの刀を手渡した。


「光明。今日よりお主は《子糸(こいと)房丸(ふさまる)》と名乗るがよい。そして、その身一つで、まずはこの乱世を見て参れ。さすれば己のゆく道も見えてこようぞ」


「はっ!」


そして、差し出された刀を恭しく戴いた。




こうして、この動乱の世にまた一人の若者が同瞬の元から旅立っていった。



彼らの行く先はまだ闇に包まれつつも、きっと、この救いのない乱世に光を見出してくれることを同瞬は信じている。

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