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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
迷い石
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参拾壱 奈美の反物

興泰(おきやす)は目を見張った。


ゴツゴツした岩が露出した地帯の右前方、少し小高い場所の岩陰から伸びてはたはたと風にはためいているものがある。

それは、興泰の好む朱色の糸と魔除けの文様が織り込まれた反物だっだ。紛れもなく、奈美(なみ)がずっと織り続けていたものそのものである。


一瞬混乱しかけた興泰だったが、もう一度見やった。岩だらけで色のない地帯にぽつりと朱色が風に揺れているのでとても目立つ。しかし、周囲に人影はない。


どういうことだろうか。


だが、興泰はこういった状況では常に直感を頼りに物事を見定めることにしていた。ないものがあり、あるものがない。このような世界で理屈など通用しない。それを理解する興泰によれば、


『あそこに行けば奈美がいる』


そう勘が告げていた。となれば目的地は決まっている。


「石!」


前方をひた走る石を呼び、あの岩陰の反物を指差すと、石に抱えられていたお(しげ)藤吉(とうきち)も同様に視線を動かした。お滋は常に奈美に侍っているからすぐに気づいたようだ。あの見慣れた柄を。


声は聞こえなかったがお滋が何か口を開き、石はすぐさま進行方向を変えた。そうだ、とりあえずあの反物がはためいている場所へ向かえばいい。あとはなるようになるはずだ。


興泰は後ろを振り返って、猛追する男、そして異形の(あやかし)たちを見据えた。こやつらに後を追わせるわけにはいかない。


興泰は急停止して石たちを背に刀を構え、追手と対峙した。




***




興泰の声に振り返った時、お滋の目にも向こうの岩陰の朱色が映った。


「あれ、奥方様の…」


その様子に藤吉も「え?」と反応する。

興泰の指し示す場所にあるものにお滋と藤吉も釘付けになっているので、石も自ずと察して方向を転換した。

「あれに向かっていけということだな。なんじゃあれは。」

「奥方様がずっと織っていた物なの…!もしかしてあそこにいらっしゃるのかしら?!」

「でも人影は見えないよ?」

「とにかく行ってみれば分かるじゃろ」


そうして三人がたどり着いた先は、緑も映えていないゴツゴツと岩が露出した小高い山のような場所だった。その切り立った崖の中腹より少し上、岩と岩の隙間から朱色の布がはためいている。

石はそんな場所でもひょいひょいと身軽に飛び移りながら、間近まで迫った。


「…どうしてこんなところに」


上等な生糸で織り上げられた美しい反物。それが、僅かな隙間から「生えている」と言っていいほど岩の隙間にしっかりと挟まっている。その岩の隙間には人が入り込むような空間もなく、人影も見えない。しかし、奈美の織っていたものの長さを考えると、隙間から生えている部分だけでは短すぎた。ちぎれてしまったのか、それとも。


お滋は恐る恐るその反物を手に掛け、ゆっくりと引いてみた。すると、するりと奥から引っ張り出される感覚と、それを留めようと誰かが奥から逆方向に引っ張るような力が加わった。


びくり、と一瞬手を離しかけるお滋だったが、すぐさま何かを察したようにこう言った。


「この向こうに奥方様がいるんだわ!」


「ええ?どうやってこの隙間に?!」

というのは藤吉だ。だが、ここまで奇妙な世界で奇妙を体験した手前、それは信じる信じないの話ではなくなっていた。言った端から試すようにその反物をくいくい、と軽く引っ張ってみる。

またもや、間違いなく誰かが引っ張り返す動きがあった。


「「奥方様!」」


二人はつい大声を張り上げて反物をつかんだ。すると…


わずかな隙間がゆらりと揺らぐように歪んだかと思えば、「ぬっ」と飛び出てきた腕が二人の腕をしっかりと掴む。


「お滋、藤吉。二人ともよく頑張ったな」


思いの外骨ばっていてがっしりとした腕の主が優しく強い声で労いの言葉を発した。気がつくと全身がするりと隙間から飛び出している。


「「…宗音(そうおん)さま!!」」


お滋など涙目になっていた。

「さあ、お前たちはそのままその隙間に向かって手を伸ばせ。奥方様が待っておられる」

「は、はい!!」


宗音にそう促され、藤吉が隙間に手を伸ばすと、奇妙に時空がゆがんで、指も通らないような隙間に手のひらが入っていく。

「宗音様、興泰様を!」

お滋は背後で(あやかし)と刺客の男と戦闘を繰り広げている方向を指差したが、宗音は既にそちらに向かって走り出していた。


「ああ、任せておけ!」

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