弐拾九 正体
石は己の分かる限りのことを言葉にして興泰に伝えた。
どうやら自分は怒りや憎しみ、恨みから作り出された妖である、というのである。
しかしそう言った負の感情が、記憶あるいは使命とともに抜け落ちてしまっていることも自覚していた。
また、腹の底から湧き出るような力(これが妖力ってやつか?)があり、この力が現世と魔界を繋げてしまい、周囲を巻き込んでここに来てしまったようであることなど。
石は当人の言う通り、ほとんど負の感情がないせいでおおらかな笑顔を終始絶やさず、お滋はすっかり心を開いているようだった。
「石、奈美はこちらの世界に来ていると思うか?」
興泰は真っ先に一番の心配事を口にした。万が一こちらの世界に来ていた場合、奈美との合流が最優先事項となるからである。だが、石は曖昧な言い方ではあったがそれを否定した。
「ん〜、あの時たぶん儂と波長の合った者を道連れにしてしまったと思うんだよなぁ〜。オクガタさまにはつんつん突かれておったけど儂の声は聞こえていないようだった」
この答えを聞いて興泰は即断する。
「よし、では長居は無用だ。奈美が現世にいるならば一刻も早く帰り、安心させてやらねば」
そして興泰は周囲を見渡した。
「えっ、興泰様、どうやって帰るのかご存知なのですか?」
そう尋ねたのは藤吉だ。興泰は簡潔に答える。
「水を探せばよい」
前回の経験より宗音が考察したところによれば、興泰は龍神の強い守護の下、どんな異界に迷い込もうとも必ず現世に戻る道筋が龍神によって導かれるということだった。
龍神は水を司る神である。
実際、牛頭馬頭の一件でも大きな甕から流れ出る水が現世との繋がりを作ってくれた。
そして、それより以前から興泰は水の音を頼りに幾度となく生還していることもすでに証明してあった。
「でも、ここらへんに水の流れるような場所はありませんでしたよ…」
不安そうに呟いたのはお滋だ。
先程、石とともにここら一帯を見て回ったとき、河原のような石がゴロゴロと転がる地帯こそあったが、肝心の川は干上がったように跡形もなくなっていたらしい。
「川でなくとも水さえあればなんとかなるのだが…それとも、石は戻る方法を知っているか?」
興泰が問うと、石はふにゃっと顔を崩して困ってしまう。
「いやぁ〜…どーすればいいんじゃろう…。あの時はついカッとなって感情が昂ってしまったから、もう一度あんな風に怒ればいいのかもしれんが…どーやって怒ればよいのだ…?」
と考え込んでしまった。
おそらく、まだ己の力をきちんと使いこなせてはいないのだろう。時間さえかければ、現世と行き来することができるかもしれなかった。
だが、興泰は時間が惜しい。
「藤吉、お滋。水を探しに行くぞ。石はどうする?」
「え?儂?」
「そうだ。私達は帰らねばならない。だが、お前はそうではあるまい?」
興泰は真顔で問うた。
石はきっと、初めて話した人間である藤吉とお滋に親近感を覚えて親身に思っているようだが、人間と妖は本来相容れないものである。
彼が本意ではないにしろこの世界に来てしまったのは、やはりここが彼の住まうべき世界だからではなかろうか、と。
それに、石が城にいたことについても色々考えることがある。
本人曰く「怒りや憎しみ、恨みから作り出された」ということであるが、それは即ち何者かが呪いや妖術などを駆使して作り出したということではないだろうか。
さらには前日の夜に奈美が蛇のような不審な影を庭先で見かけ「石を投げて追い払いました」と言っていたことも気になっている。
興泰は、奈美の投げた石に直撃した何某かの妖術もしくは呪いの類が、毒気を抜かれて今の石になったのではなかろうか、などと思っていた。
つまり、興泰に呪いを放った者が現世におり、抜け落ちた記憶や使命が元に戻った場合何が起こるか分からない要素を孕んでいるかもしれなかった。そんな石をいつまでも側に置くのは危険だろう。
石は興泰の考えていることはなんとなく分かったようで、一転して小難しい顔をして悩んでいたが、結局返事を返すことはできなかった。
何故なら、新手の奇襲がこの場を襲ったからである。




