弐拾七 妖の世界
「ひゃああっ」
全速力で逃げる藤吉は、思わず振り返ってしまい悲鳴を上げた。
「振り向くな!追いつかれるぞ!」
「はっ、はいぃっ!」
興泰に叱られて前を向く。だが、地響きを鳴らして追いかけてくる妖の正体が気になって振り向かずにはいられなかったのだ。無論、見てしまって後悔した。追手は山のように巨大な異形だ。頭と思しきモノは人間の髑髏のような形をしていたが三本も生えており、足は蜘蛛のような形の物が八本以上生え、木々をなぎ倒しながら迫ってきていた。悪夢のような光景である。
なんだあれぇっ!
まったく理性もなく理由もなく襲いかかってくるなんて牛頭馬頭よりも恐ろしいっ!
藤吉は突然襲いかかってきた巨大な異形にパニックになりかけたが、隣を走る興泰に引っ張られてなんとか走ることができていた。そこでようやく、宗音の教えを思い出す。
ここ最近ずっと鍛錬を重ねてきたおかげで体力は格段についてきているし、妖に対抗する術も少しずつ学んでいた。勿論、宗音には及びもしないが、藤吉だって主である興泰を守るため、己自身を守るため、そしてお滋を守るために何かできることがあるはずだ。
そう思い至った藤吉は宗音から渡されていた小さな手錫杖を懐に忍ばせていたことを思い出した。錫杖は魔を祓う法具だと教わっていた。
「こっ、これならっ!」
と掲げ、赤子をあやすおもちゃのようにジャカジャカと振り回して音を立てた。危機的状況でなんだか恥ずかしい様相だが、巨大な妖に対抗できるだけの力もない。もうやけくそだった。
だが、追いかけてくる足音が少し怯んだ気配があった。本当に効いているらしい。
「良いぞ藤吉!それを鳴らし続けろ!」
「はいっ!」
「あの岩の所までそのまま走り続けれるか?」
「なんとかっ」
「ではこのまま真っ直ぐ岩まで直進したらお前は左へ走れ!よいな!」
「はっ、はい!!」
***
「石さん、なんか音が聞こえるよ…」
お滋が立ち止まって耳を澄ませる仕草をした。
ざわざわと気味の悪い気配がたちこめる森の中で、確かに不釣り合いな金属の擦れあう甲高い音が風に乗って聞こえてきた。
「ふむ、なんか嫌な音じゃなー」
石は眉を寄せるが、お滋は「そう?」と首をかしげ、再び音のする方向に耳を傾けた。
「なんか、音が動いてこっちに向かっている気がする。人がいるのかも」
「そうじゃな。もしかしたらオキヤスさまたちかな」
「お兄ちゃんもいるかも」
そこで石はお滋を背負って音のする方向へ近づいてみることにした。
「女の子殿、捕まっておれよ」
「うん!あのね、わたしの名前は滋っていうの」
「そうか!お滋!ではゆくぞ!!」
石は毒気のない声でそう言うと、驚くほどの跳躍力で森の中を飛ぶように駆けていった。
「石さん!あれ!」
背中でお滋が指す方向を見ると、巨大な蜘蛛のような妖に追いかけられる人の姿。
「おお!オキヤスさまと男の子殿じゃ!それ、待っとれよぉ」
石はぎゅんぎゅんと風を切って追いつき、二人と妖に追いついた。




