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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
迷い石
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弐拾弐 刺客

藤吉(とうきち)、藤吉」


頬をたたんと叩かれて、藤吉は目覚めた。


「…興泰(おきやす)さま…?」


藤吉は見たこともない森の中で寝かされていた。ぽかん、としていると興泰(おきやす)がいつになく辺りを警戒しながら「動けるか?」と問うてくる。


「は、はい」

起き上がって手や足を確認するが特に傷も痛みもなく、立ち上がってもう一度辺りを見渡した。


「ここは、どこなのですか…?」

「分からぬ。また迷い込んだようだ」


興泰は戸惑いもなくさらりと言いのける。

藤吉はその様子を見てすぐに以前の牛頭馬頭(ごずめず)の件で迷い込んだ魔界を思い起こした。だが、興泰が実は幼い頃から度々こういった魔界に引き寄せられて迷い込んだ経験があることは知らない。


「離れるなよ。周りを見ろ、異形がひしめいているのが視えるか?」


落ち着き払った興泰がそう言うので目を凝らすと、確かに人ではない何かが樹木の陰からこちらを伺っている気配がある。

藤吉はさっと顔色を変え、興泰の影に隠れるようにして身震いした。

(あんなにうようよ…!)


黒い影から発するただならぬ殺気と、妖しく光る赤い目玉がすべて自分たちを射抜いていることに恐怖心がどっと湧いた。


「何やら殺気立っているな。もしかしたら我らの他にもここに迷い込んだ人間がいるのやも」

「えっ、もしかしてお(しげ)も…?!」

「ああ、奈美(なみ)もな」


こんな異形がひしめく異界に一人で放り出されたら、お滋はきっと心細くて泣くに違いない。いや、むしろあんなにか弱くて愛らしい女の子なのだ。取って食われることだってあるかもしれなかった。

また、奈美も無事ではないことが頭をよぎって興泰は焦った。いくら今まで大丈夫だったからと言って必ずとは言い切れないのが世の常だ。いざという時に自分がそばにいてやれなかったなど、後悔してもしきれないだろう。


「とにかく探そう」

「は、はい…!」




***




なんということだ。


山下角之進(かくのしん)は震えた。

いや、この偽名はあくまで浪人を装ってこの地での忍務をこなすために使っている名前であり、本名は覚えてすらいない。

幼い頃に親元から攫われ、子買いに安く買い叩かれてから熾烈な修行を経て暗殺術を身に着けた。幼児から鍛え上げたこのような者を駆使し、諸国の大名に貸し与えて傭兵稼業で生き抜く集団が戦国の世にはいくつも存在する。この山下と名乗る男もそこで飼われている作男(あらしこ)の一人である。

雇い主は出雲の尼子だった。

虎視眈々と安芸国を狙うかの国は各地に複数の忍を放ち、混乱の火種を植え付けようとしているようだった。

山下もその策の一つ、久兼の次期当主を暗殺の命を受けている。


情報収集から始まり対象に近づく機会をずっと伺っていたが、久兼興泰という次期当主を狙う者は他にもいるのか、近づく直前で矢に撃たれて姿を隠してしまった。このまま死んでくれれば儲け物だったのだが、どうやら軽症で済んだことまで突き止めて山下も決行する。この若君の住まう城に潜入し、暗殺を実行しようというのだ。



だが、計算違いが二つほどあった。


変装は得意だった山下は、従者の一人に化けて四本松城にはやすやすと侵入したところまではよかったのだが、門の内側に入り込んだ所で一人の若造に声をかけられたのだ。


「おいお前」


笑顔を作って「へい何でしょう」と返事をするが、目が合った瞬間にその者は山下の変装を見抜いた。


タンッ


と笠を跳ね除けて斬りかかられ、大きく後ろに跳躍する。

「曲者っ!!!」

若造もまた機敏に動き、またもや斬りかかってくるが、山下はこれも交わした。


「ほう、なかなか良い太刀筋だ」

「うるせぇ!」


若造が毒づくが、実際に動きは常人以上に素早く、また身のこなしも桁違いに柔軟だ。


(同業者か)


山下はこの若造の相手をしている暇はないと判断し、屋根に飛び上がって興泰の姿を探すことに専念した。

懐には飛び道具をいくつか忍ばせてある。どれも猛毒を仕込んであり、かすれば対象はもだえ苦しみながら命を落とすだろう。

姿さえ見つけてしまえば簡単に任務が完了する。


だが、ここでもう一つの計算違いが起こったのだ。



興泰を発見してさっそく吹き矢を吹いたはいいが、そばの庭石が、動いた気がした。

いやそれだけではない。

石が、喋った気もしたのだ。


この山下という男、実は幼少の頃より怪異が視えることが悩みのタネだったのだが、歳を取るごとにそういったモノが見えづらくなっていた。だが、ここに来てまた視えてしまったらしい。


瞬時に、今まさに命を奪おうとする若君が「厄運」に苛まれ、闇に魅入られた“鬼子”と疎まれている人物であったことが頭をよぎる。


幼い頃から頻繁に、従者の目を掻い潜って忽然と姿を隠したり、何も無いところを目で追ったり、壁に話しかけたり。そのおかしな言動を見た者はこの若君を気味悪がり、いつかこの領国に災いをもたらす存在になるという噂まであった。


忍は迷信など信じない。

信仰心も育ててこなかった。

だが、幼い頃に(あやかし)が視えていた山下は恐怖心が一瞬だけ頭をよぎったのだ。

人の力の及ばざる、巨大な闇に呑み込まれる恐怖を。


だからこそ、一瞬にして目の前の景色がガラリと変わり、気がつくと鬱蒼とした森に迷い落ちたと自覚した時に頭を抱えた。あの若君のせいに違いない、と。


「鬼子め…!まさかこのような術を使うとは」


山下は青ざめながらも、異形がひしめく森の中を疾走する。己の殺気に乗じて彼等が気色ばんでいることとは露知らず、刀を振り回し、毒矢を放って半狂乱で城を探すのだった。


「おのれ、必ずや仕留めてやる!」

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