弐拾 迷い石
「ふぁー!助かったぃ!」
ごろりと石をひっくり返すと、石が嬉しそうな声を盛大にあげた。
「いやいやありがとうな!女の子殿、男の子殿」
石の声は先程よりもよく聞こえた。ひっくり返した面には、煤で汚れたような黒い線が真っ直ぐのびていたが、それがぱくぱくと口のように開いたり閉じたりしている。
「それで、石。お前はこれからどうするんだ?」
「え?そーじゃなぁ。何か目的があったような気がするが、忘れてしまったんだよなぁ」
「自分で移動できる?」
お滋も聞いた。すると、石は「ふむ」というなり、ごとごと、と左右に振れてみるが大して進まない。
「無理じゃな」
「ていうかお前どーやって城に入り込んだんだよ…」
「ここは城なのか」
「そうだよ」
藤吉は宗音から聞いていたことを思い出した。
この城には当初移り住んだ時に結界を張っているらしいのだが、それは外部から入ってくるモノを最低限防ぐためのものである。
内側から湧いたモノ、或いは、常日頃この城を出入りしている者にくっついてきたモノなどが城内を彷徨うことはあるということだった。
「あのね石さん。ここは私たちの主の住まうお城なの。できれば城の外に出てほしいんだけど、いい?」
「お前達がそう言うなら構わんぞ。しかしほれ、儂はこの通り自力で動けん。運んでくれるか?」
石はすんなり了承した。
ということで藤吉が抱えあげ、庭伝いに城門から外へ出ようということになった。
「うー、結構重いな…」
「私も持つ」
お滋がそう申し出て、二人で両端を抱えるのだが、二人で持つには石は小さく、動きづらい。
まごまごと移動していると、その様子を後ろから見ていた者が声をかけた。
「何をしている二人共」
この声に二人がはっとした。
そうだ、この方がいたではないか!と目を輝かせる。
「「興泰さま!!!」」
お滋と藤吉は事情を話した。
興泰の隣には仁左がいたが、彼には“声”は聞こえなかったようだ。だが、二人が石を地面に置いた後、独りでにガタゴト動く石を見て仰天していた。
「よし、とりあえず外へ出そう」
すべてを聞き終えた興泰の言葉である。
結局、事情を聞いたところでこんな石の処遇が変わるわけはない。
「宗音が帰ってくるまではどうにもならんな」
あっけらかんと興泰が言う。
「なあなあ、オキヤスさまー。そのソーオンて奴なら儂のことが分かるかな?」
石が問う。
「さて、おぬしに分からぬことが果たしてどれだけ分かるものなのか…」
「そっかー。でも、ソーオンて奴は、随分と知識があるんだな?」
「まあそうだな、妖については」
「儂ってアヤカシなのかなー」
「…さあ」
興泰は困惑する。
聞いてるお滋と藤吉も困り顔だし、皆の困惑に仁左も首をかしげている。
すると、そんな四人の様子をさらに後ろから見ていた者が「何を遊んでいるのです?」と声かけた。
奥方の奈美である。
彼女は全員が地面を見ながら何やら話し合っている様子を見て、遊んでいると思ったようだ。
だが、その視線の先には石があった。
「まあ、この石が何か面白いのですか?」
そう問うが、全員が微妙な顔をして「なんと言えばいいか」と困った。
「そう言えば、昨日庭で石を投げたと言っていたな?その石に覚えはないか」
興泰が思いついたように言った。
「え?そうですね。確かに石を投げました。これくらいの大きさだったような気もしますが、この石だったかどうかは…」
「石、何か覚えがないか」
今度は石に問う興泰。その様子に奈美が「???」となっているがご愛嬌である。
「そーじゃなぁ。儂は気がついたらここにいたが、その前後の記憶はほぼないんじゃ。オクガタさまの声に聞き覚えがあるかと問われればなんとなくあるんじゃが…はてな」
「まあ石が動いてるわ…」
やはり“声”は聞こえていないらしく、独りでに動く石を見て、奈美がつんつんつついている。
「くすぐったいんじゃが…」
「ちょ」
「あの」
「誰か止めてぇ」
くすぐったがる石がゴトゴト動き、さらにつんつんが加速する奈美。
視える者と視えない者の間で微妙な空気が漂っている。
「奥方様。あの、石が」
くすぐったがっています、とお滋が言いかけたとき、頭上から緊迫した声が降ってきた。
「大将!!!」
見上げると屋根伝いに男が二人こちらに向かって駆けてくる。
一人は見知らぬ顔だが、先日光次が報告した人相書に載っていた人物だ。そしてそれを追いながら興泰を呼ぶ光次。
「曲者だ!!!」
光次の叫びに仁左、そして興泰が身構え、素早く抜刀した。
「「奥方様!」」
続いて従者であるお滋と藤吉が奈美を庇おうと前に出るのだが、それを止めるように奈美が制する。
「お前達も逃げなさい!」
混乱する状況下で曲者が吹き矢を吹いた。忍びであろう。つまり武器は暗器。吹き矢から発射されるのは毒矢である。
かつんっ!
と弾かれる音がした。どうやら外したらしいが、同時に「アイタッ!」という叫び声が響いた。石に当たったようだ。
「ちっ」
曲者が舌打ちするなり、屋根から飛び降りて懐から何かを打った。俗に言う手裏剣だ。
「興泰様!!」
奈美が叫び、興泰を守ろうと前に出るが、「奈美!」と興泰は必死の形相でそれを止めた。お滋と藤吉も彼らに縋るようにつきながらも逃げようとはしない。仁左、そして光次は曲者めがけて刀を振り上げていた。
打たれた手裏剣は殆ど直線を描きながら鋭く興泰たちに迫りくる。
「お、おのれぇ〜許さぬ!女子供がいる中でこのような所業〜!」
誰かが叫んだが、それは人ではなかった。
石だ。
次の瞬間、石はすーっと独りでに舞い上がり、空気に電撃がほとばしったかと思うと手裏剣を跳ね除けた。
全員の動きがピタリと止まる。そして何かが抜けたように脱力した。
「えっ」
奈美は膝をつきながらも目の前にいたはずの人影が急に見えなくなって戸惑った。
見ると、同じように刀片手に呆けた顔で辺りを見渡す仁左、光次がいる。
「お、興泰様…?」
「何処行った…」
この場にいるのはこの三人だけだった。先程まで目の前にいたお滋、藤吉、そして必死の形相で振り返る興泰の姿が消え失せている。
「…どういうことだってんだよ!?」
光次が理解できずに激昂した。




