拾九 奉納試合【その七】
奉納試合三日目。
興泰は最終日も欠席のまま、四本松城で大人しくしているよう諭されていた。
宗音、近習は引き続き試合会場へ。
光次曰く、決勝に進出した者たちの中に怪しい者も混じっているという話だったので、警戒するよう言い含めた。父興盛もそれは承知のようではあるが、念の為だ。
四本松城には仁左、光次が残り、こちらもまた異変がないか見廻る旨を伝えている。
人の出入りが多いのは今日までだ。
もし何某かが事を起こすなら今日、明日だと見切りをつけている。各城、各国からの偵察ならまだ良いが、暗殺などの企てがあると大事になりかねない。
ということで各所は常に警備が厳重だった。仁左は常に興泰の側を離れず、光次は城内をくまなく見廻っているようである。
そんな中、女たちは通常通りだった。
奈美はあまり小うるさく興泰をせっつくのも可哀想だと思ったのか、いつも通り機織に没頭している。冬の終わり頃から毎日織っていたものが完成に近く、興泰にも何度か見せていた。
「良い色柄だな」
と、興泰に手放しで褒められてご満悦であった。
「うふふ。小幡の女たちは機織をするのが習わしなのです。これはね、魔除けの文様」
織り上げた部分を広げて見せ、複雑な形の文様を指差す。興泰が好きだという朱色に染め上げた生糸を使用し、豪奢な陣羽織に仕立てる予定なのだという。
そんな奈美に付き従うお滋はというと、食事の支度や片付けで部屋と台所の行ったり来たりを繰り返していた。
(…あら?)
膳を下げ終わって戻る間際、庭で何か物音がして立ち止まった。
なんだろう、と耳を澄ませると、やはり何かが「ごと、ごと」と地面に打ち付けるような鈍い音が聞こえてくる。
お滋は恐る恐る、庭に降り立ってその音のする方へ近づいていった。そして。
「…きゃ!!」
と短い悲鳴を上げて、思わず辺りを見渡す。
無論誰もおらず、自分一人でどう対処すればよいか分からない。あわあわとその場で考えたが、相談できる相手など殆ど思いつかなかった。そう考えて、「そうだわ」と思い立ち、慌てて厩の方へ駆けていく。
暫くして、この時間はいつも馬や牛の世話をしている従兄弟の藤吉の袖を引っ張って戻ってきた。
「なんだよ、大変なことって」
藤吉はイマイチ呼び出された意味が分からず、眉をしかめながらもついてきた。
お滋が仕事上で藤吉を呼び出すことはまずない。つまり奥方に関わることではないということだ。そして他の大人に相談すれば解決することでもないのだろう。でなければ下働きの自分を呼び出すわけがないのだから。
と思いながら引きずられるように中庭までやってくると、お滋は石がごろごろ転がっている付近で立ち止まり、足元を指さしてこう言った。
「おにいちゃん、これ」
だが、指差すものは何の変哲もない石である。
子供ならひと抱えもする結構な大石。かと言って岩というほどでかくもない。こういった石の下には蟻や蜥蜴、虫などが巣を作っていたりするので、子供はみんな一度はひっくり返してみたくなるような大きさの石である。
「なんだよ、虫か?蜥蜴か?」
そう言って藤吉が大石を触ろうとした時、石が動いた。
ごとん、ごと、ごと。
「!?!?!?」
触ろうとした手を途端に引っ込めて藤吉が後ずさる。
「助けてくれーい」
石が左右にごとごと揺れながら喋っている。
「オイー、聞こえておるのかー?」
「!?!?!?」
藤吉は石の声と動きに固まるものの、ぎぎぎ、とお滋に向き直って口をぱくぱくさせる。修行の成果なのか、妖の声がはっきりと聞こえるのだが、実際に遭遇するとこれはこれで心臓に悪い。
「おにいちゃんにも聞こえる??」
「…う、ウン、聞こえる…」
二人は顔を見合わせた。
思い浮かべるのは一人の僧侶の顔なのだが、生憎すぐに呼べる状況ではない。
「無視しないでくれーい」
「いや、無視するなって言われても…」
思わず返答してしまう藤吉。
「おおおお!やっと話の通じる者が来た!助けてくれんか頼む!」
石はガタゴト言わせながらそう訴える。
「助けるって、どうしろっていうのさ?」
藤吉が尋ねると、石は「起こしてくれい」と切実な声で懇願した。
「起こす?」
「そうじゃ!自分ではこれ以上動けん」
「動けんって、石だもんな。なんでこんなところにいるのさ?」
「さあ?儂にも分からぬ」
「はあ?」
「苦しいのだー…どうにかしてくれーー!」
藤吉と石が問答しているところを今度はお滋が口を挟んだ。
「起こしても私たちに危害を加えない?」
「モチのロンじゃ!命の恩人にそのようなことをするわけがない」
「起こしたら、あなたが何をしようとしているのか教えてくれる?」
「いいとも!ていうか儂が何者なのかも、何をしようとしていたのかも覚えておらん!」
「…なにそれ」
二人は半信半疑だったが、この石が嘘を言っているようにも聞こえず、このまま立ち去るという選択肢ももはや持てなかった。
二人共まだ未熟で、好奇心に抗えないのだ。
お滋と藤吉は頷き合い、とりあえず石の言うように「起こして」みることにした。二人共用心のために首から下げていたお守りを取り出しておく。
どうすればいいか分からないが、石の声は地面から響いていた。つまり、地面についている面を上に向ければいいのではないか、と、二人で協力しながらごろん、と石を動かしてみた。




