拾伍 奉納試合【その三】
ドタンッ!!
勢いよくひっくり返った興泰に、隣にいた領主、そして叔父の信盛は思わず跳ね上がった。
「興泰!」
異変に気づいたその隣の従兄弟の信親、元利、巌流なども立ち上がり、この様子に青筋を立てる。
「誰ぞ!!」
と辺りを見渡すと、青ざめた若武者が弓を持ったまま呆然と立っており、状況を察した周りの者がその者を取り押さえようとしていた。
「…大事ありませぬっ!」
興泰の右腕には矢が思い切り突き刺さっていたが、かろうじて肉で食い止められ、頭を撃ち抜かれることはなかったようだ。もし腕で守っていなければ眉間に直撃していただろう。
興泰は矢が刺さったまま周囲を見渡し、取り押さえられた男を見つけると叫んだ。
「その者を捕らえよ!決して殺すな!」
そう言うなり光次を呼ぶ。
「あの者を牢へ。誰の命令であっても引き渡すな」
するとどこからともなく現れた光次が「はっ!」と頭を垂れて走り去った。いつもの不遜な態度は一切なく、装いも完全に他の従者のそれと同じであった。
このやりとりを久兼家の面々が聞く中でやったのには理由がある。つまり、「手出し無用」ということだ。
続いて、下方で観覧していた奈美が裾をまくし上げて駆け上がってきた。
「興泰様!!」
一瞬で状況を確認すると領主に毅然とした立ち振舞でずい、と申し出た。
「興泰様は我らが手当いたします!」
そして返事すら聞かず「戸板を!」と叫べば家臣達が手早く戸板を持ってきて興泰を乗せてしまい、その後も続いて声を張り上げる。
「仁左!興泰様と共に城へ」
「滋は湯を沸かす支度を」
「医者の手配は」
奈美が先導に立って次々に指令を下してゆき、集まった四本松城の従者たちは手足のようによく動いた。冬の間に彼らも随分鍛え上げられ、彼女の意を瞬時に解するのである。
そうしてバタバタと嵐のように興泰を連れ去ってしまい、残された久兼一門はぽかんと呆気にとられたまま、しばらく口も聞けなかった。
「…なんちゅう女じゃ」
巌流はそう呟くや爆笑する。
「あれが小幡の生き残り姫かい!じゃじゃ馬とは聞いていたが乗りがいがありそうじゃのう!!」
和やかな雰囲気の中で終始目をギラつかせていた巌流がここでようやく破顔した。よほど愉快だったのだろう。
興盛ももはや呆れ返って無言だったが、ひとまずあの新妻に任せればあとはなんとかなるだろうと気持ちを切り替える。
「仕切り直しじゃ!」
興盛は手に持った鉄扇で空をビシリと切った。
それを合図に、引き続き初日の勝ち抜き戦は決勝まで行われたのである。
***
その夜、興泰の居城ではこれまた一悶着あった。
「興泰様、ひとまずおやすみなさいませ」
奈美がぴしゃりと言い放つが、興泰は渋り顔である。
「しかしだな奈美…傷も大したことはないし、明日も引き続き試合はある」
「だからとて興泰様がわざわざ見届けずとも御義父上様がいらっしゃるではありませんか。信盛様、信親様、元利様、巌流様、皆様もまた揃っておいでなのですから、あなた様のご心配には及びません」
「だがもし、これが何者かの策略ならば…」
「であるならばあの矢には毒が塗られていたでしょう。幸いそのようなこともないようですが、その傷は随分深く、熱も出ます。明日は安静にしてくださいませ」
「いやしかし、何かが起こる可能性が」
「しかしもへちまもございません」
明日も試合を観戦するつもりだった興泰に、一歩も譲らない奈美がどこまでも食い下がるのだ。
「大将ぉ、もう諦めなよ?それに捕縛した弓野郎はこっちの手の内だ。アンタはこっちを調べればいいんじゃね?」
何故か居室に居座っている光次がいう。奈美はその事をさして気にもせず、むしろ「うんうん」と頷いた。
「光次の言う通りです。明日の試合は宗音殿に見届けてもらえればよろしいでしょう。ねぇ、宗音殿?」
すると、戸の向こうから「はっ」という返事がある。
夜、夫婦の居室に入ることを戸惑った宗音は廊下にいた。
ちなみに、本日の勝ち抜き戦は槍術において宗音の右に出るものはおらず圧勝だった。
一時、興泰の負傷で宗音も付き従って城へ帰りかけたが、戸板に載せられた興泰から「必ず勝ち通せ」と厳命を受けて引き返したのだ。
興泰の元に侍るために時間が惜しかったらしく、準決勝、決勝での対戦相手は即座に負かされて可哀想であったと言われるほどの瞬殺だったそうである。
興泰はため息をついて了承した。




