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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
迷い石
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拾四 奉納試合【そのニ】

当日、辺りは朝靄に包まれた薄明るい早朝、興泰(おきやす)宗音(そうおん)を連れて龍神の住まう神社に赴いた。



ともに訪れた昨年の夏の終わりが懐かしい。

今は建築し終えた新しい神社が堂々とそびえていた。今はまだ社殿のみだが、他にも建物は増えるのかもしれない。宗音の助言を受けて御社をより立派なものに建て替えているのだ。

開かれた土地には幔幕(まんまく)が張り巡らされ、今日から催される奉納試合の試合会場となっていた。

もう少し日が昇れば人が押し寄せ、眼前に祀られた龍神に奉納する儀が始まるのだろう。ちなみにここは佐尾(さお)貴船神社と人々には呼ばれている。



神社の前で手を合わせた興泰は、少し後ろに控える宗音に話しかける。


「あれから少しずつ、龍神様のご意思を汲み取る鍛錬を重ねているのだが」

「はい、龍神様も安定しておられますし、今年の梅雨もご心配は要らぬかもしれません」


相変わらず興泰の背後には巨大な龍神が渦巻いているが、その様子は落ち着いている。

興泰は例の牛頭馬頭(ごずめず)の件以降、毎日ここに手を合わせに通っていた。

流石に雨を司る神に雨を降らせるなとは言えないが、その意思を汲み取って雨量や時、場所を調整することぐらいは出来るだろう。

興泰自身があちらとの意思疎通ができる体質であることから、龍神との事細かなやりとりすらも、ひょっとしたら可能になるかもしれなかった。宗音はその手助けをできる限りするだけである。



さて、いよいよ奉納試合の開催に至るのだが、ここには興泰の妻、奈美(なみ)も同会場に招かれている。


このお転婆姫ならぬお転婆嫁は、幼い頃から槍や薙刀(なぎなた)術などを嗜んでおり、自分も出る!などと言い始めそうでヒヤヒヤしたのだが、実は春になってからその騒々しさが鳴りを潜めていた。

冬の間、掃除洗濯雑事等々あれほど城内を騒がせていた奥方は、興泰の機転で機織機(はたおりき)を贈られてからは途端に静かになったのだ。


「まあ!実家の小幡(おばた)ではいつも機織をしてましたの!」


奈美は機織に興じた。興泰に新しいお召し物を贈りたい、と毎日せっせと機を織って過ごしており、おかげで城内がしっとりと落ち着きを取り戻し、従者たちも安堵の表情を浮かべたのは言うまでもない。

ただし、城中の皆が観戦したという興泰と宗音の対戦を見逃したことは大層悔しがっており、この度の奉納試合を楽しみにしていたらしかった。


ちなみに、興泰自身はこの奉納試合に参戦することはないのだが、宗音の腕前は是非とも見届けたい!と意気込んでいるらしい。



日が登ると、神社には続々と人が押し寄せた。

真新しい社殿に設置された観覧席には、当主興盛、その嫡男興泰だけでなく、久兼一門も列をなす。


「少し見ない間にまた成長したな、興泰殿」


そう声をかけてきたのは、叔父にあたる久兼信盛(ひさかねのぶもり)、その後に続いて二十歳になる息子の信親(のぶちか)も姿を見せた。西河内(にしこうち)久兼家の者達だ。


その他、家臣筋で赤山(あかやま)久兼元利(ひさかねもとのり)尾叩(おたたき)久兼巌流(ひさかねがんりゅう)なども腰の大小を従者に預け、当主へ礼を述べて着座していった。

久兼は興盛の宗家の他、西河内(にしこうち)赤山(あかやま)尾叩(おたたき)の三家がそれぞれの役割を担いながらこの地を治めているのである。



彼らは一門故に終始穏やかに観覧するが、その内実は如何に当家が優れているか見せつけられるとあって、この勝ち抜き戦には熱が入っているようだった。


神事から始まっていざ各試合場で事が始まると、各々自分の部下たちの一勝一敗に一喜一憂する。

そんな中で、やはりというべきか、宗音は皆が注目する人物だった。


「ほう、あれが例の」

と言ったのは、終始寡黙だった巌流。


「興泰殿が家臣に引き入れたという僧侶か」

信盛が顎に手を当てながら繁々とその戦いぶりを観戦する。


「左様。鈴屋久光(すずやひさみつ)の次男で、國光(くにみつ)の弟じゃ」

興盛がそう言うと、元利(もとのり)も興味を惹かれたようだ。

「鈴屋國光とは、興泰殿の傅役(もりやく)(養育係)であった男だな」

「成る程、あれも優秀な漢だった」



華麗な槍さばきでトントンと勝ち上がっていく宗音に、皆が終始見入る。

興泰はそんな一門の様子を無言で見つめながら、「これはなかなかに波乱を呼ぶな」と内心思っていた。



同時代を駆け抜けた者に大原雪斎(たいげんせっさい)という者がいる。


東海道の広大な地域の支配者、戦国大名今川義元(いまかわよしもと)の家臣であり僧侶として、その手腕を発揮し今川家の全盛期を支えた「軍師」と呼ばれる人物だ。

だが、この者あまりに優秀で主君の信任も厚かった故に「雪斎亡き後国政整はざりき」などと言わしめるほど、他の家臣の威権が軽んじられていた、という話が後世に残っている。


要するに、あまりに優秀な者が当主に侍ることは、他の家臣たちの反感を招きかねないということだ。


(これは用心せねばならんかもしれん)


興泰は暗に思い、そして眼前の試合場をはたと見たとき、事は起こった。


ビュンッ


と風を切る何かが興泰めがけて飛び込んできた。跳ね返ってきたらしい暴発した矢である。


一瞬にして興泰の肉に食い込む鈍い音と、後ろに倒れ込む身体が床板を盛大に鳴らした。



良からぬことが起こってしまった音だった。

仁左は1回戦敗退でした…

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