拾参 奉納試合【その一】
今年の奉納試合は、二日間の予定が急遽三日間に延びると御触が各地に出た。
興盛曰く、例年の奉納試合のみならず「一門衆で競わせ技を極めよ」ということで、各所の小領をまとめる久兼一門に通達が入り、各々で手練を選抜してどこの衆が勝ち抜くか競うという話となった。
平たく言うと、一族同士で己の優秀な家臣を選んで戦わせ、トーナメント戦を行おうというわけである。
「こりゃあ、えらいことになったな」
四本松城にも設置された御触書を見つめる藤吉、そして仁左の後ろで光次が言った。
「光次」
「光次さま」
二人が振り返ると、もっちもっちと頬を膨らませて饅頭を頬張る光次がいつの間にかやってきていた。
「確かにのう。だが、一方で勝者には褒美を下さるとの話だからなぁ。大忙しの中でも皆やる気満々じゃ」
仁左はそう言うが、実際は本当に忙しかった。
そもそも奉納試合で集められる卑賤の者にはゴロツキのようなものも混じっており、開催期間は治安の悪化を防ぐために警備が強化されている。
また奉納の前にふるいにかける一次予選が数日催され、種目は剣術、弓術、槍術などの他にも柔術、相撲、さらには二刀術、薙刀術、鎖鎌術、介者剣法(甲冑使用の剣術)などの無差別種目もあり、それぞれ勝ち抜いた者たちが本番で競うことになる。
奉納試合の開催には、予選の管理も含めたあらゆる雑事が鬼のようにあるわけだ。
というわけで家臣の選抜は早々に催され、選抜組と敗退組で仕事が振り分けられていった。
要するに、負ければ開催に向けたあらゆる仕事を一手に引き受け、寝る間も惜しいほど働かねばならないのである。
「俺は勝ち組だから今のところ暇だわい!」
仁左は誇らしげに胸を張って言った。剣術の種目で出場することになったようだ。
「応援しますね!」
と藤吉もニコニコ云う。
今のところ無敗を誇る宗音は、槍の使い手として出場が決定しており、剣を得意とする仁左と相対することもなかったのだった。
「お気楽だね〜」
ちなみに、家臣たちの勝ち抜き試合は弓術、剣術、槍術、馬術、武家相撲で、また、大事な家臣が潰れることのないように試合は全て木刀などを使った模擬戦だ。逆に卑賤の者たちはすべて真剣で勝負する。
命の駆け引きもない家臣たちはそうはいっても余裕の表情だった。
「まいいや。俺は大将に報告があるからそろそろ行かなきゃ」
光次は懐からさらに饅頭を2つほど取り出して、仁左と藤吉にそれぞれ渡した。
「ありがとうございます!」
「おお、すまない!」
遠慮なく受け取る二人だが、直後に近習の怒鳴り声が飛び出てきた!
「光次〜!!てめぇ用意してた饅頭食っただろう!!!コノヤロー!!!!!!」
その声が聞こえるや否や、光次はさっと木の枝に飛び移り、身軽に木を伝いながらヒョイヒョイと逃げていく。
仁左、藤吉もまたもらった饅頭を懐に隠して素知らぬ顔をすれば、恐ろしい形相で走ってくる近習には気づかれなかった。
「やれやれ、危うく共犯にされるところだ」
仁左は近習が走り去っていく後ろ姿をチラ見しながら、懐の饅頭をぱくりと口の中に放り込んだ。
***
天井裏を“トトッ”とネズミが走る足音がした。
「光次か」
興泰が言うと、天井ではなく奥の間の襖がすすすと開き、「よっ大将」と光次がひょこりと顔を出した。
気軽な調子だが、足音も気配も全く無い。
光次は大抵姿を現す時になんらかの注意を引く仕掛けを放った。興泰も慣れたものである。
気がつくと興泰の目の前で片膝を突き、一応の如く頭を垂れて「調べてきたぜぇ」とにやにや言った。
「俺が目をつけた奴は合わせて十人。半分以上はただのゴロツキ。でも得体のしれない奴も混じってるって感じかな」
そして懐から奉納試合に出場が決定した者の内から十人ほど抜粋された名前と人相書きが書き込まれた紙を取り出した。
「それで?」
興泰が問う。
「まぁゴロツキはどーでもいいとして。この二人はかなり怪しいかな」
興泰にその二人の人相書を見せながら光次は続けた。
「怪しく無さそうなのが特大に怪しいんだよな。俺の仕入れた情報じゃ、伊賀者が入り込んでいるらしい。でもこの二人がそうとは限らない。やり手なら怪しいとすら思われない偽装をするから」
「伊賀者…。お前の知り合いか?」
「さあね。俺が知ってる奴なんて今も生きてるかすら分からねぇもん」
「誰が雇ったのかは?」
「分かんねぇ。でも、アンタの予想通りだと、俺は思うぜ?」
「…そうだな」
興泰は少しの間思案し、光次に労いの言葉をかけた。
「よく調べてくれた。奉納試合では必ず何かが起こるだろう。引き続き頼む」
「承知!」




