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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
帰省
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肆 多幸丸

しまった、と思ったものの、宗音(そうおん)は取り澄ました声で「どうぞ」と言った。


戸の隙間から顔を覗かせたのは、先程見た顔だった。多幸丸(たこうまる)だ。


「これは、若様」


聞かれただろうか、とも思ったが、聞かれたとしてもどうということもない。幼い頃、一人だけ(あやかし)が視えていたときとは違うのだ。


宗音は居住まいを正して平伏する。


「父からは先程話があったかと思いますが、私も宗音殿にはお話しなければならぬことがございまして」


「お伺いいたします。お入りください」


宗音がそう言って招くと、多幸丸はぴしりとした所作で部屋に入り、宗音に頭を下げた。


この多幸丸という若者は、威厳のある父と違って非常に折り目正しく、また目下の者にも随分と丁寧だ。おそらく、宗音を父の客分として扱ってくれているのだろう。


そこで、宗音の目に床にいる三匹の小鬼が映った。


(ああ、頼むからうるさくするなよ…)


と思ったが、やはりこの者たちは思ったようには動かない。

この屋敷の若君相手に恐縮する僧侶をてぃてぃっと足蹴にし、わぁ〜と若君の膝下まで転がるように駆けていった。



「ワカー、ワカー」

「このくそボーズがひどいんだよぅ」

「ぺちんと頭を打つんだよぅ」


床の上をうるさく転げる三匹だが、ここは堪えて無視しなければならない。何故なら普通の者には視えないからだ。だが、


「なんだお前たち、姿が見えないと思ったらここにいたのか」


と、多幸丸が言った。


「このクソボーズ、おもしろきぃ」

「軟膏、ナンコー、ぬったったぁー」

「ぬりぬり、ぬりぬり」


口々に報告する小鬼たち。その様子に声も出ずに驚いていると、多幸丸が気遣わしげに宗音を見た。


「申し訳ありませぬ。この者たちが粗相をしたようで。これ、ヒトマル、フタマル、ミツマル。この方は客人なのだ。あまり無礼をするでない」


すると、ヒトマル、フタマル、ミツマルと呼ばれた小鬼たちは、名を呼ばれたのが嬉しいのかきゃきゃっとはしゃいだ。


「ひとまーる」

「ふたまーる」

「みーつまるっ」


頭でっかちの幼児体型で転げ回ってはしゃぐ様は本当に子どものようだった。



()を、与えたのでございますか」


宗音が思わず尋ねると、多幸丸は先程までのキリリとした顔を崩して困ったように頬をかいた。


「実はそうなのです」


いや、それよりも、この多幸丸は実は『視える』者であったことに驚くべきだろう。なるほど、厄運だなんだと色々言われているようだが、他の者には視えないモノが視えるとあらば、それはさぞかし肩身が狭かっただろう、と同情した。


「私は幼い頃からいわゆる怪異が視えまして、人には視えぬ世界が視えておりました」


多幸丸は話し始める。


「この者たちも、最初は屋敷の中を舞う不思議な何か、ぐらいだったのですが、特に悪さもせず、孤独な私を慰めるように踊り、唄うものですから、つい、名前を与えてしまったのです」


名を与えることは即ち、力を与えることと同等だ。「他のものとは違う個」という力を付与してしまう。


「この者たちは見る間に輪郭がくっきりし、角が生え、小鬼の姿となったのです。それでも悪さはほとんどしないのですよ。まぁ、たまにやって来る客人にかわいいいたずらをすることはありますが…」


すると小鬼たちがまた転げ回りながら喋りだした。


「鼻をほじくったりぃ〜」

(まげ)を引っ張ったりぃ〜」

(かわや)でケツをペチペチしたりぃ〜」


そしてお互いの鼻(ないので鼻がありそうな辺り)をほじくったり頭(おそらく髷を結っているつもりの部分)を引っ張ったり、ケツを叩きあったりし始める。


「いや、それは悪さでしょう」


間髪入れずに宗音が突っ込むと、多幸丸は困った顔を作って「そうですね」と苦笑した。


「ですので、以前お招きした陰陽師殿に数匹祓われてしまいました。残ったのはこの子達だけ」


「おんみょーじこあーい」

「こあい、こあーい」

「りんぴょーとーしゃ、えいやぁ〜」


ははあ。

それはそれは、まあそうだろう。

宗音は複雑な顔で察した。

そもそも、人と(あやかし)は相容れないものである。人の理と異なる世界の住人は、いくら愛着が湧いたからと近くに置けば、思わぬ災いをもたらすこともよくあった。問答無用で祓った陰陽師が間違っていたとは思わない。そして、それは多幸丸も重々承知なのだろうと思われた。



「それで、話というのは、宗音殿の兄上、國光(くにみつ)のことでございます」


多幸丸は打って変わって顔色を変えて話し始めた。

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