拾弐 思わぬ対戦
さて、長かった冬はようやく緩み、あらゆるものが活動を始める春がやって来た。
この久兼の地でも雪が溶け、新緑が芽吹いて春風になびく良い季節を迎えたが、その中で人々は妙に浮足立ってあれやこれやと噂をし合っている。
「ついに日取りが決まったぞ」
「各所へ御触が出されるだろう」
「今年は盛大にやるようじゃ!人もわんさか集まろう」
興泰のいる四本松城でも、従者がひっきりなしに出入りしては何やら準備に勤しんでいる。
毎年、この地の守護神である龍神の祭礼日に行われる奉納試合の支度だった。
領国の主興盛は大の武芸好きで知られる国人だ。
諸国の兵法者を集めては奉納にかこつけて試合をやらせることで有名で、今年は嫡子の元服後ということもあり、新たな家臣を引き立てるのでは、という噂は既にちらほら聞こえてきていた。
近年、大内氏と対立する武田氏との抗争、また出雲の尼子経久の安芸国への進出で騒がしかった近隣もようやく静まり、今年の奉納試合は盛大に催すことが確定していた。
この大行事に、卑賤の者から訳ありの浪人に至るまで、噂を聞きつけた者たちが久兼領にやってきていたのである。
***
「藤吉、もっと集中しろ!」
「は、はい!」
最近、藤吉の仕事の合間には必ず宗音が稽古をつけるようになっていた。
以前の約束通り、妖が視える藤吉を鍛えて、興泰の身辺警護(主に妖対策)の一端を担う人材に育てようというのである。
宗音によると、法力は心身ともに鍛え上げることによりその力が高まるということで、武の鍛錬と坐禅が主な修行内容なのだが、やはりというべきか、また暇を持て余しているらしい仁左がここに加わってくる。
「なんじゃなんじゃ、俺も相手をしてやろう」
というなり、藤吉の稽古相手を嬉々としてし始める。この男、元来の子供好きらしく、近所の村の子すら見かけると仕事をほっぽらかして遊び始めてしまうのだった。いや、むしろ仕事をサボりたいのが本音かもしれないが。
こうして毎日のように二人に絞られる藤吉は、ある妙案を思いついた。
「あの、宗音さまと仁左衛門さまの打合いを見取り稽古させてくださいませんか!」
二人が自由に技を掛け合う地稽古を見たいというのである。藤吉自身、本気で彼らの攻防を観てみたいと胸躍らせて頼み込んだのだが、これを安請け合いした仁左は唸りを上げることとなった。
宗音にまったく歯が立たないのだ。
仁左もこれで修羅場を何度もくぐり抜けたそれなりの猛者なのだが、ほとんど赤子同然にいなされてしまう。
「宗音殿はなんでそんなに強いんだぁ!?」
という仁左の叫びに、周囲の士たちの関心を呼び、雑事をこなす中間、小者だけでなく軍役をこなす軍役衆もぞろぞろ集まってきて、気がつくと全員で実戦に近い稽古が始まってしまった。
それでも宗音からは誰も一本を取ることができず、やんややんやと盛り上がっていると、今度は興泰までもが木刀を持って現れた。
「手加減など許さぬぞ、宗音」
さて、これは大変なことになった、と家臣たちが盛り上がり、気がつくと城中の者たちが集まってきてしまっていた。
興泰は、武門に生きる者として幼い頃からあらゆる武術を嗜み、天賦の才ありと云わしめた武芸達者である。弓術、馬術、槍術、剣術、柔術などなど、基本的な武芸はすべて習得しており、普段は大人しめの性格だが、父から受け継いだ血のせいか、彼も立派に武芸好きだった。
「お相手仕ります」
宗音もまた、それに受けて立つ。
気がつくと仁左は審判役となって双方の間に立っていた。もはや稽古ではなく試合である。
宗音は下段で相手の出方を探りながら動く構え。一方、興泰は正眼の構えからやや右に刀を開き、刃を内に向けて構えを取った。
「始め!」
の合図で両者間合いを取りながらじりじりと睨み合い、気がつくと木片が飛び散るほどの勢いで木刀が弾き合った。
バチンッ!
と空気が爆ぜ、双方体勢を整えながら二撃目、三撃目と打ち込むがどれも当たらず、再び距離を取る。
「…こりゃあ凄え…」
誰かがぼそりとそう言った。
見取り稽古を、などと言っていた藤吉は既に口が半開きになって言葉を失い見惚れてしまっている。
二人の剣はあまりにも鋭かった。切っ先が見えず、集中しなければ動きすら目で追えないのである。
宗音は終始流れるような動きを乱さず、下段から相手の刃を軽く払うような動きばかりだったのだが、興泰の剣は熱い。
常に先手を仕掛けて間合いに踏み込み、かわされればそこから更に突き技で身体ごと突っ込んでいく。
ダンッという踏み込み音から目に見えぬ速さで三段もの鋭い突きが宗音めがけて繰り出された。
常人なら避けきれず吹き飛ばされるのだが、宗音は激しい突きを三度も避けて斜めに斬り上げる逆袈裟の一撃を放つ。これを、三段突きの大技から瞬時に体勢を切り替えて刃で受け止める興泰の動きは見事だった。
見物の者たちから歓声があがる。
だが、残念なことにこの攻防は決着がつくことはなかった。
両者の木刀が軋み、特に興泰の方は目に見えて木屑がぱらぱらと落ちてきている始末である。
「…これは私の負けだな」
興泰が動きを止めた。
「いえ。お見事な技の数々、私の木刀もこれ以上保ちませぬ」
宗音も己の木刀がわずかに歪んでしまっているのを見て驚いている。
「実戦ならこの刀でそなたの首を斬るのは無理だろう。いや見事だ、宗音」
興泰がそう言うや否や、見物人の群がるその向こうの縁側で「双方、見事であったぞ」と満足そうな声が二人にかけられた。
途端に人垣が乱れ、そちらに向かって一斉に頭を下げる。
領主、興盛その人がこの試合を観戦していたのであった。
「ここで終わらせるのは実に惜しいが、そうだな…此度の奉納試合、家臣の者共も勝ち抜き戦を行おうぞ」
興泰の流派は分かりませんが、当方新選組ファン(?)だったので参考にしたのは天然理心流です(汗)実戦向きの剣術、かっこいいですよね




