玖 法師の事
ある寒い日の朝、前日の雪が辺りを覆い、日を反射して眩しく照り返す晴れの日に興泰に呼び出された。
広間に赴くと、そこには仁左、藤吉にお滋が揃っている。
興泰の後ろには奥方の奈美も控えていたが、こちらは侍女のお滋を慮って様子を見ているようだった。
「皆にも聞かせたいと思い、集まってもらった」
興泰が上座でそう言うと、廊下側から二人分の足音が響き、一人の少女と、あの件に巻き込まれた近習が共に入ってきた。
少女は皆が並んでいるさらに下方で平伏し、それを見守るように近習が横に控える。
少女は墨で大きく「真尾散薬」と書かれた木箱を抱えており、行商であることが伺えた。
「この者は薬売りのミツという。各地を回る行商を生業にしているのだが、そこで聞いた色々な話を聞かせてくれる」
興泰がそこまで説明すると、ミツは畏まりながらも代わって口を開いて続きを話し始めた。
「真尾散薬のミツと申します。此度は興泰様よりお申し付けがありました件について、皆々様にお伝えしに参りました」
そして顔をちらりと上げて笑みをたたえるが、これがまた商売人だからか人に好かれる愛想の良い娘である。
「智頭郡金屋村で聞いた話です。大国主神、八上姫の頃に退治された鬼が再び暴れているというのです。血の匂いに誘われて祟りをなし、旅人も犠牲になるということで、宮原の犬山神社で祈願し鎮めたということですが…」
そこで言葉を切ったミツはまた続けた。
「実は鬼が暴れ出す前にある法師が村に通りがかったそうで。法師は名を“学景坊”と名乗ったそうです」
そこまで聞くと、藤吉、お滋が血相を変えて今にも立ち上がりかけた。
「藤吉、お滋。この法師の名に聞き覚えは」
興泰が問いかけると、藤吉が「ご、ございます!」と即答する。
「オ、…わたしの村に来た法師さまの名前です」
「その学景坊という法師はなんと?」
「えっと…贄を差し出せば、長雨が降り止む…と」
「うむ。ではミツよ。お前の聞いたその学景坊とやらはその村で何を言った?」
興泰がミツに問う。
「はい。金屋村でも今年は不作だったらしく、贄を差し出せば無事冬を越せる、と申していたようです。しかしその後、贄を差し出して神事を行った後、村には鬼が迷い出て人を襲うという凶事が相次いだそうです」
そこで興泰は宗音を見た。
「ということだ。宗音、どう思う」
「…今の話だけ端的に聞けば、その法師が各地で何かをしているように聞こえますね。真相は分かりませんが、法師の足跡をたどればもっと詳しく分かるのでしょうか」
だが、それにはミツが返答する。
「それが、法師の足跡を辿ることができませんでした。何故か忽然と姿を消すように消息が絶たれるのです。そして、飛び地でまた法師を見かけたという者が出てくるのですが、どうも解せません」
「というと?」
「学景坊は二十〜三十代くらいの若い容姿をした法師だそうですが、ある土地では三十年前に見かけた法師だ、という話もちらほら聞くのです」
「…よく分からんな」
宗音が首をひねると、さもありなん、とミツも頷いて再び語る。
「三十年前から同じ見た目で、各地で贄を使ってその地に眠る鬼を呼び起こし、姿をくらます。私にはとてもヒトの為す所業には思えません。」
「ではミツ殿は、その法師は人間ではないかもしれぬ、と申されるか」
すると、ミツはおどけたように首を振った。
「いえいえ、私に事の真相など分かろうはずもございません。学もないただの薬売りの小娘でございますれば」
だが、その言葉を聞き終えたとき、宗音は目を見開いて奇妙に固まってしまった。
「どうした?宗音」
興泰が問いかける。
宗音はその興泰の瞳を見つめ、次に奈美を見、さらに仁左、近習、藤吉、お滋と全員を見渡してからもう一度口を開いた。
「思ったことを口に出してもよろしいでしょうか」
「許す」
興泰が即座に許可すると、宗音はもう一度ミツを見てきっぱりと言った。
「そなたはなぜ女装している」
宗音の言葉に一同面食らった顔をした。
が、興泰はむしろ安堵したような表情で宗音に頷き、ミツに語りかける。
「ということだそうだが」
するとミツが(げぇー)という顔をして顔をしかめ、「ぬぁーんで分かんだよっ」と悪態をついた。
どかりと居住まいを崩し、女装のまま胡座をかく。
「紹介しよう。この者は猪ノ山光次。私の配下として主に密偵の役割を負わせている者だ」




