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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
迷い石
31/85

肆 大笑ひ

遊ぼう、というので頷くと、その子は「あっちの雑木林はどうだろう」と言い出した。


指で指し示したその雑木林を見て、私は正直に言って(おのの)いた。

ここから見るだけでも不穏の影が渦巻いているのが見えるのである。


林の奥には何やら影らしきものもいくつも見える。しかし、その形は人間の形には見えなかった。異形だ。


やはりこの子も(あやかし)なのだろうか。


そう思って顔を覗き見ると、私が不安がっているのを察して、わざと明るく強い声で宥めるようにこう言った。


「怖くないよ。大丈夫、私が守ってあげるから」


その言葉には真からの明るさが伴っており、やはりこの子は人間なんだと思い直す。そしてきっと視えていないのだ。


この気の強そうな女の子は、きっと私が行かないといえば一人で行くに違いない。私はあまり言葉が達者ではなく、とてもじゃないが行かせないように言いくるめる話術などない。不甲斐ない自分を恨みながら、心配でついて行くことにしたのだった。



雑木林の中に入ると、すぐそばまで何かがやってきては、こちらをじっと見つめてくる黒い影がひとつ、ふたつ。私はその怪しい気配に縮こまりそうになりながらも、いざというときはこの子を引っ張り出して逃げねばならない、と覚悟を決めた。


だが、そんな心配はまったく無用だった。


女の子はその不気味な気配を察してか、大声で「えい!やぁ!」と掛け声を上げながら周囲を棒で払い倒し、近づいてきた(あやかし)をバコバコと殴っていった。

地面からは這い出るようにして雑鬼が湧くのも、ぐしゃぐしゃと踏み潰しながら突き進んでいく。その度にそこらじゅうから「ぐえっ」「ぎゃふっ」「ぶへっ」という鈍い悲鳴が聞こえてくるのだ。


(えぇ…)


思わず声なき声が漏れ出そうになる。

わざとやっているのかと思いきや、この子は本当に何も見えてはいないようで、振り返って私がちゃんとついてきているのを確認して笑顔になった。


気がつくと(あやかし)は距離を取ってこちらに近づくことがなくなった。

笑うほど強い。



しかし、古井戸まで近づくと私は震え上がった。


―― たれじゃあ…


井戸の底から凍えるようなうめき声が聞こえてくるのである。


―― おのれぇ、許すまじぃ…


怒りに震える恐ろしい声だった。


「…帰ろうよ」

私は思わず女の子の袖を掴んで後ずさった。

井戸の底から、ひた、ひた、と這い上がるような音が近づいてくる。私の力で対処できるモノでなかった場合、この子の命さえ関わるかもしれなかった。


だが、ここでも予想外の出来事に度肝を抜かれることになる。


「大丈夫、大丈夫」

とあっけらかんと言いのけたかと思うと、一抱えもするような大きな石を頭上に掲げ、「これを井戸の底に落とす」と言うなり放り投げたのである。


井戸の中に水があるか確かめるとして、私ならそんな大石を投げ入れることはそもそも発想すらしないだろう。だがこの女の子は平然とやり遂げる。しかも止める間もない早業だった。


ちょうど底から這い上がった何かがその緑色の腕を井戸の縁に手をかけたとき、石はそれに直撃して「ぎゃっ」という短い悲鳴とともに激しい水音と水しぶきが地上に降り注いだ。


女の子は井戸が枯れていないことが分かったからか、目があった瞬間キラキラと笑った。

私は違う意味で大笑いした。


結局、あらゆる厄災はこの子が自ら振り祓っていったようなものだった。

ちなみに、物理攻撃が(あやかし)に効くのを見たのはこれが最初で最後である。しかも当人は(あやかし)などまったく視えておらず、己が何をしたかも分かっていなさそうだった。



その後、仁左(じんざ)に見つかって屋敷に戻ることになるのだが、私はどうやら熱が上がっていたようである。

涙目になって謝るところを抱え上げられたときに「…熱い」というなり額に手を当てられ、仁左はため息をついたのだった。


「またこんなに熱が上がって…侍女たちにも怒られることを覚悟してくださいね」



だが、仁左は抜かりなく援護をしてくれていたようだった。

この石道(いしみち)姫と大笑いしていたのを報告していたようなのだ。


後にも先にも、これほど大笑いするのを誰も見たことがないというほど、私は大口を開けて笑うことがなかったから、珍しがられてこの件でのお咎めは何故か一切なかったのだった。

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