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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
迷い石
30/85

参 妖か人か

気がつくと、よく分からない場所にぼんやりと佇んでいることがよくあった。



周りの者は、忽然(こつぜん)と姿をくらますとよく言い、乳母や侍女などは血相を変えて探し回る。


屋敷の中にいたはずなのに、誰にも気づかれないうちに外をふらふらと歩いていることもよくあった。

大人たちに事情を聞かれても上手く答えることができず、幼い頃はよく泣いたものだ。



あのときは確か、数日間熱が下がらずに床の中で朦朧(もうろう)としていたことをなんとなく覚えている。

寒くて、苦しくて、皆が心配そうな顔で覗き込んでくるのもいたたまれなかった。


ようやく熱が下がったとき、外は何やら騒がしく、若い侍たちが集まって稽古をしているのが垣間見えた。

私も後継ぎとして育てられているので、これは参加せねばならないと幼心にも思ったが、侍女たちに止められた。


「またお熱があがりますよ若様」


ただし、晩になれば挨拶がてら顔を見せねばならないらしく、とりあえず寝間着から着替えて髪を結い、支度を整えておくように、と言いつけられた。


病み上がりのぼんやりした頭で頷き、ふと庭木の方に目をやる。

すると、木が密集して少し影ができているところから、細腕が手招きして呼んでいた。袖は侍女の着る着物によく似た色をしていたので、てっきり先程の者が庭先で呼んでいると思ったのだ。


此方(こなた)へ、此方へ」


なんだろう、そんなところで何をするんだろう。


そう思いながら草履をひたと履き、招かれた先を覗きに行く。

すると、そこはもう庭ではなかった。


「此方へ此方へ。ほれワカトノさま」


そう言って手招きする顔がようやく見えたが、能面みたいに薄く笑んでおり、侍女の着る着物によく似た色の羽織を羽織って先を行く。


「お前は誰だ。なぜ屋敷にいる?」

問いかけると、「どこが屋敷だって?」と逆に聞き返された。


確かにここは屋敷ではない。どこだろう。


だが、振り返っても屋敷はなく、帰り道も分からない。ああ、もしかして()()()()()()()()()()()のだろうか。


こういうときは、水音のする方へ向かうが吉と覚えていた。

毎度道に迷うときは、水音のする方が出口であると、既にさんざん迷った挙げ句に学んでいたのだ。


さわさわと河川の流れる心地よい音が聞こえてくる。

領地を北から南へ流れる清流の音だ。


そう思ったとき、目の前には菜の花の黄色い色が溢れかえっていたのだった。



(ここはどこだろう…)



横を見ると、河原があって水面がきらきらと光っている。とりあえず帰ってきたらしい。

屋敷は見えない。川上へ向かうか、川下へ降りるか。川伝いに帰れるということは分かっている。


日もまだ高い。

こんな真っ昼間に迷子になるなんてついてない。

そんなことを思っていると、なんだかものすごい視線を感じて振り向いた。

見ると、同じ年頃の子供がこちらを凝視しているのである。


(しまった。見られただろうか。いや、私はどうやってここまで来たのか、見えるものなのだろうか。というか、あの子は誰だ。人間なのか)


こちらも見つめ返すと、相手のほうが先に口を開いた。


「そんなところで何をしているの?」


また迷子にさせられてはたまらぬと不審がりながらも近づいてみる。


その子は少し風変わりな格好をしていた。


たぶん女の子だと思われるのだが、装いは男児である。

いや、正確には着物は桃色の可愛らしい小袖(こそで)を身に纏っているが、男児の袴を着せられている。

手には棒。活発そうな眉をくい、と上げて、大きな瞳をくりくりさせて、まったく遠慮なくこちらを見つめてくる。

とりあえず、近隣の村の子ではなさそうだ。あとは人間かどうかなのだが、その瞳の奥に垣間見える好奇心は、紛うことなき人のもの。なのだが、たった五つの子供に判別できるほどの知識がない。


つまり、疑いながらもこの女の子の様子を見続けることとなった。

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