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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
止雨
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拾九 弔ひ祀るもの

気がついたとき、泥まみれで倒れていた。


山肌が大きく崩れたその裾付近、土砂に巻き込まれたという様子でもないが、全身が黄色くなるほど泥を浴びている。


多幸丸(たこうまる)もまた泥まみれで「気がついたか」と笑みを浮かべた。


「若。ご無事ですか」

「ああ、子どもたちや仁左(じんざ)らはそこにいる」


そう言うので横を見ると、おそらく多幸丸が見つけて寝かせていたのだろう、四人が川の字になって並んでいた。

「皆無事だ。ただ、源太夫(げんだゆう)は見当たらない」


宗音(そうおん)もあたりを見回したが、土砂で崩された景観は無惨だった。立ち込めていた霧は晴れ、むき出しになった土の山がありありとその爪痕を大地に刻んでいる。


「皆が目を覚ましたら一度全員で屋敷に戻ろう。子どもたちも診てやった方がよいだろうしな」

「ご配慮痛み入ります」




数日後、土砂の中から源太夫、そして巻き込まれた近習(きんじゅう)とその馬、そして多幸丸の白馬が掘り出され、その死が見届けられた。


姉、そして父を相次いで亡くし、身寄りのなくなったお(しげ)はそのまま屋敷で預かることになった。提案したのは多幸丸だ。

姉のお(ひで)に下女の話が降りていたので、意外とすんなり決まったのだった。さらにその後、藤吉(とうきち)も下働きとして屋敷を出入りすることになるのだが、それはまだ先の話である。



嘉白(かしろ)が助けてくれなければ、私はここにいなかっただろう」


多幸丸がぽつりとこうこぼす。


嘉白とは、あの白馬である。

「見事な馬でございました」

宗音が頷いた。

人間に使われ、人間に葬られたことを恨む牛馬がいれば、最期の最期まで人間に仕える馬もいる。

馬頭鬼(めずき)も、まさか己の同胞に挫かれるとは思わなかったことだろう。宗音の錫杖(しゃくじょう)で喉元を突き破られても緩まなかった腕の力が、白馬の嘉白の猛撃に緩んだのだから。


牛頭馬頭(ごずめず)はもう出てはこぬだろうな」

「はい、問題ごさりませぬ。一昨日のうちにあの祠には封印の結界を張っておきました」

「ならばよし。今、人手を募っているから、あの場も直に整え、立派な社を建て直そうと思っている」

「それは良いことでございます」


実は、(かめ)が置いてあったあの社は、地滑りに巻き込まれて跡形もなく崩れていた。

多幸丸はその社も含めて、牛頭馬頭の這い出てきた祠を整備するつもりなのだった。


ところで、あの社にあのような甕は存在していなかったらしいのだが、あれは異界に呑まれた多幸丸を、龍神が連れ戻すべくして開けた“穴”ではないかと宗音は考えていた。

雨、つまり龍神の力の及ばない異界において、あの甕には雨雫が落ちてきていた。異界と現世を繋ぐ風穴だったのだ。

そう考えると、多幸丸ほど龍神に愛されし者もこの世におるまい。


ちなみに、それ故に再建された社には大甕が置かれ、民からは“大甕神社”として親しまれていくことになる。



***



多幸丸は宗音のみを従えて領地を歩いていた。

あの日以降、雨は降っていない。秋晴れの清々しい空の下、領内は大風(台風)に見舞われることなく、冬に向けてゆっくりと歩みを進めていく。


「これから忙しくなる」

「左様でございますな」


この後、久兼領では村々にお触れが出た。



―― 殺生をして祀るに用いるを禁ず。



牛馬、あるいは如何なる生き物を殺して祭りの生贄にすることを固く禁じる内容である。


また、源太夫たちの村は土地の見込生産量から、実際の収穫量に応じて交分(きょうぶん)(付加税の一種)の徴収を見合わせる約束を交わした。

これで冬を越せるだけの備蓄を確保できるだろう。


さらには、雪で埋もれる前に出来うる限りの灌漑(かんがい)を行い、来年以降の生産高を少しでも上げる事業も押し進めねばならない。

それが村々の不満を解消し、生産量を上げ、そして領の国力をあげることにつながるのである。



「ところで若、今から参られる場所は」

「ん、ああ、言っていなかったな」


多幸丸は笑う。

「松尾山天皇院。古くは桓武天皇の勅許(ちょっきょ)勅諚(ちょくじょう)をもって造営された、この地最大の寺院だ」

「成程、聞き及んでおります。なんでも空海の高野山になぞらえて西の高野と称されているという」

「ああ。実は代々我が久兼家の先祖を祀ってある場所なのだが」

多幸丸はそこで宗音を見た。

「ここに國光も眠っている。本当は真っ先に宗音を連れて来たかったのだが、遅くなったな」


出家した宗音が故郷に帰ってきたのは、そもそもは兄・國光の訃報を聞き、弔いたいというのが一番の目的だった。多幸丸はその意を汲んでまず案内したかったのだろう。



山の中腹にそびえる荘厳な伽藍(がらん)

塔頭(たっちゅう)十二坊を見上げながら参道を突き進めば、眼下にはこの領地の真ん中を悠々と流れる清流と人里が一望できる。

参詣に訪れる人々とすれ違いながら、季節の移ろいゆくこの美しい景色を眺め、多幸丸は再び語りかけた。


「私は元服する。付いてきてくれるか、宗音」


宗音は多幸丸の決意を感じ取り、身をかがめて頭を垂れた。


「はっ。どこまでもお供仕ります」

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