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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
帰省
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弐 帰省

宗音(そうおん)安芸(あき)国にある実家に着いたとき、父は国人領主(こくじんりょうしゅ)の屋敷にいると家人に言われた。

宗音の家は、この地を治める領主の家臣の家柄だった。


わずか6歳で出家した宗音にとって、もはや馴染みの浅い場所である。唯一、宗音との別れを悲しんだ母は既に他界し、父の後妻が家にいた。

顔が分かったのは下働きの下女、チカだけだ。

「まぁ、大きゅうなられましたなぁ」


涙を流して喜んでくれるので宗音も思わず破顔し「久しいな、チカ」と挨拶をする。昔よりずっと小さく、そして白髪交じりになってはいたが、懐かしい顔だった。


ちなみに、宗音は袈裟(けさ)姿である。

僧侶としてこの地に訪れ、そして還俗(げんぞく)する気はない、と伝えて帰るつもりだった。

だが、領主の屋敷に着くと驚くほど歓待された。



「よくぞ参ったな」

領主、久兼(ひさかね)式部少輔(しきぶのしょう)興盛(おきもり)が言う。

その横には父、鈴屋久光(すずやひさみつ)がいた。


「この度、お前の兄、國光(くにみつ)のことは無念であった。人徳に溢れ優れた漢であったものを…」

そう言って、悔しそうに顔を歪める。そこで、宗音の父も口を開いた。

「分かっているであろうが、宗音、お前は國光の代わりを勤めてほしいのだ」


宗音は(やはり…)と思い、用意していた言葉を口に出す。

「そのことですが、少輔(すないすけ)様、そして父上。私は既に出家した身。理由はご存知でしょう。私には(さわ)りがあるのです。お役には立てませぬ」


この時代、家柄のある者は相続で血を流すほど揉め事が起こり、歴史的にも戦乱につながるほどの騒動となった例が絶えなかった。こういった問題を未然に防ぐためにも、嫡子以外の男子は出家させたり、他家に預けたり、と様々な対策をとっている。だが、宗音はまた違った理由で出家していた。


「分かっておるさ。むしろ、だからこそ頼んでおる」


領主は何故か満足そうに頷いている。次に口を開いたのは父だ。


「お前のその障り…いや、法力(ほうりき)こそを見込んでおるのだ」


宗音は目を見開いて黙り込んだ。



領主、久兼(ひさかね)式部少輔(しきぶのしょう)興盛(おきもり)は、小さな領地を統べる国人(こくじん)であったが、勇猛果敢にして有能な人物であった。だが、その嫡子には致命的な問題がある。それが、現在の唯一の悩み事なのだと、二人は言う。


興盛には15歳になる嫡子がいた。幼名は多幸丸(たこうまる)。まだ元服していないのだが、理由があった。



多幸丸は幼い頃から周囲が驚くほどの才能があったという。

3歳の頃には乗馬を会得し、5歳の頃には刀で巻藁を一刀両断にするほどの腕前だったという。

武だけでなく文にも優れ、12歳になる頃には『教えることはもはや無い』と言わしめるほどの知識を会得した。

これほどの逸材に周囲は歓喜したが、同時に、彼の持つ厄運にも気づき始めていた。


多幸丸が何かを成そうとするとき、外へ出ると必ず雨が降る。雨だけならまだいいが、いざというときほど暴風雨になった。ひどい時は落雷で家が半焼する。

それだけではなく、勝負事になると必ず本人の裁量ではどうにもならない不運に見舞われ、結果負けることが常だった。天候であったり、事故であったり、偶然があらゆる手段で多幸丸の行く手を阻む。なまじ才覚がある分、父である興盛は悔しがった。


「天を味方につけねば戦に勝てぬ」


普段は豪快な興盛だけに、息子の薄幸を嘆く様は周囲を驚かせ、瞬く間に噂が広がった。


何をするにも「吉凶」は非常に重要視され、あらゆることを占い、縁起をかつぎ、運を天に仰ぐ習わしが徹底していたこの時代、厄運の武将など笑い話にもならなかった。そのため、この不吉を取り去るまでは元服はおろか戦場にも出陣させず、東西を探し回っては息子の不運を幸運に転じさせるあらゆる事物を求めた。


「高名な陰陽師を招いたこともあるのだが、『どうにもならぬ』という返答だった…」



御総領(ごそうりょう)の難は、すべて生まれながら備わっておる宿命によるもの。引き寄せる小さな厄こそ払えど、根を取り除くことはできませぬ。



この言葉は興盛を落胆させたという。

しかし、「引き寄せる厄は払える」ということは興盛にとって光明の差すものだった。つまり、多幸丸に降りかかってくる厄災はその都度払ってしまえばいいというわけだ。そのために、厄を払う力のある者を息子に付け、身を守らせる。



ここで興盛は人を呼んだ。

続いて中に入ってきたのは、キリリと顔が整った若者だった。目元は涼しく、鼻筋がすっと伸びていて、大和絵から出てきたような美しい容貌ながら、眉は下って、それが穏やかそうにも、自信無さげにも見えるのだった。また、耳の形が興盛そっくりだ。


「息子の多幸丸だ。近々元服を考えている」


当の多幸丸はその言葉に頭を下げるものの無言である。しかしその瞳は宗音に真っ直ぐに向けられていた。


そして興盛は続けた。


「宗音よ。お主の噂は聞いておるぞ。宝積寺(ほうしゃくじ)同瞬(どうしゅん)とともに妖怪退治をしていると」


宝積寺(ほうしゃくじ)同瞬(どうしゅん)とは、宗音の育ての親であり、師匠でもある、あのハゲ頭の住職のことだ。実は妖怪退治をする僧侶として地元では知られており、宗音も毎度お供している。


「いえ、私は同瞬様の弟子として…」

と言いかけるのだが、機嫌の良い興盛に「よいよい」と遮られてしまう。


「分かっておる。そして、そなたが幼い頃から(もの)()の類が視えること、その為に出家したこと、承知しておる」


と返されるのだった。

また、父、鈴屋久光も口添えする。


「宗音。幼い頃から苦労をかけたこと、父として申し訳なく思っている。(あやかし)にふりまわされるお前を助けてやれなんだことは、私を含め、亡き妻、そして兄國光も後悔しておった。だが、同瞬殿の元で徳を積み、法力を備えたことは聞き及んでいる。どうかその力、少輔(すないすけ)様の御総領(ごそうりょう)に役立ててはくれまいか」


ここまで言われてしまうと、宗音は当初考えていた言葉を繰り出すことができなくなってしまった。



「お時間を、頂けないでしょうか」

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