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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
止雨
19/85

拾参 攻防

暗闇(あそこ)はまずい…


絶対に近寄ってはならないと本能が告げている。それほどに濃い闇、濃い瘴気(しょうき)。それが、小さな(ほこら)の向こうから漏れ出ている。この闇はどことなく牛頭(ごず)馬頭(めず)の発する晦冥(かいめい)さと似通っていた。まさに冥界(めいかい)の入口といった感じである。



「さあ、我等の場所はすぐそこだ…」


牛頭がゆっくりと振り返って、祠の先を指し示した。

牛の顔には人間の表情などなかったが、何故かニタニタと笑っているようにも見えた。不気味にゆがむ牛頭の表情。

この事態に近習(きんじゅう)二人は刀を抜き、多幸丸(たこうまる)を守る形で体勢を整えた。だが、その手は震え、顔は恐怖で引き攣っている。


緊迫した状況下で源太夫(げんだゆう)が間に立ち塞がった。


「待ってくだされ!お(ひで)を、お秀を返してくださる約束ですぞ!」


必死の形相で、祠の前に佇む牛頭に訴えた。だが、牛頭は「はて」と首を傾げて源太夫を見返す。


「あの娘は、お前達人間が差し出した(にえ)ではないか。何故差し出したものを取り返せると思う?」


すると、後ろの馬頭も口を開く。

「だいたい、俺が娘の皮を被った時点で分かりそうなものだがなぁ。あんな状態になった娘が無事なものかよ、なぁ」

そして、馬頭は驚く源太夫の背中に背負われた行李(こうり)を指した。


「…なん、だと?!」

源太夫はわなわなと震え始める。

「お、お前達が、代わりの人間を連れてきたら娘を返すなどというから信じてここまでやったのに…!騙したのか!!」


顔面蒼白。だが、なりふり構わず牛頭に突進した。勿論なんの武器もなく、七尺(2m以上)はあろうかという巨体の鬼にかなうわけもない。

牛頭の平手打ちで源太夫は再びふっ飛ばされた。


「憐れな娘よ。仲間を贄に差し出すような醜い同胞に殺されたのだ」

牛頭が神妙な物言いでそう言うと、馬頭が嫌らしい笑いを含めてこう言い放つ。

「俺達も辛いんだぜ。しかし同じく身勝手に殺された俺達の同胞の無念は晴らさなきゃなぁ」


そして牛頭と馬頭は殺気立った。



「「だから、人間は皆()ろうてやる」」



二体のその言葉が合図となって、多幸丸もいよいよ抜刀した。



まず動いたのは馬頭である。

牛頭に先を越されてはかなわんと、一番の獲物に突進してきた。その進路を妨害するのは近習二人だ。


「ええい、この馬面(うまづら)野郎!お前なんぞ、俺達が馬刺しにして食ってやる!かかってこい!」


ほとんど破れかぶれのような言葉を吐き捨てて注意を引くのは仁左(じんざ)である。単純な作戦だが、ことのほか効果があった。


「ヴァファアアア!」


と、馬頭はもはや人語にもならない怒りの雄叫びをあげて近習二人に飛びかかってきた。仁左は直撃を交わしながら刃を馬頭の腕に突き立てる。が、まったく傷つけることができずに勢いでふっ飛ばされてしまった。


(げえぇ!刃が立たんじゃないか!)



仁左が体勢を立て直して身構えると、もう一人の近習も怒り狂う馬頭に刃を立て、そして同じように弾き返された。

だが、二人とも戦には幾度も参戦したことのあるそれなりの実力者である。いくら相手が鬼であろうとも、簡単に殺されてしまうほどヤワではない。

怒りに任せて単純な動きしかできない猛獣のような馬頭をうまい具合に誘導しながら多幸丸から離れていく。


「やいやい、馬面(うまづら)が過ぎるんじゃ!目が離れすぎて焦点があっておらんぞ!こっちじゃ、こっち!こっちを見よ」


仁左の喋りが止まらない。

一度喋りだしたら止まらないこの男。実は敵味方関わらず苛つかせてしまっている。


「うるさい!もう少し静かに戦えんのか」

横の近習がぼそりとこぼした。

「なっ!これでも若から引き離そうとだなぁ!」

「分かった分かった!集中しろ!」


そんな二人に、馬頭は青筋を立ててさらに怒り狂った。


「コ、コノ人間風情(ふぜい)ガァアアア!」



突進してくる馬頭はそれでも、着実に冷静さを取り戻しているのか、動きに無駄がなくなっていった。二人の連携した動きにもついてくるようになり、その膂力(りょりょく)で近場の木や地面をえぐりながら、相手の動きを封じるように立ち回り始める。


「ギャハハ、オ遊ビハオワリダァッ!」


だばだばと(よだれ)を垂らしながら二人を見据える馬頭。


(…こりゃまずい。とてもじゃないが倒せんぞ。なんとか若だけでも逃がさねば…)

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