拾弐 社の向こうに
濃霧の中、先頭の牛頭についてゆく形で歩みを進めると、いよいよお社に近づいてきたことがわかった。
道が整えられ、鳥居にはしめ縄と紙垂がつけられ、手入れされている様子が伺える。
だが、牛頭は鳥居をくぐらなかった。
脇にある、さらに上へと伸びる小道をぐんぐんと進んでいく。
「おい、社を通り過ぎてどこへ行く」
多幸丸が呼びかけた。
異形の鬼に話しかけるなどとてもできない仁左、そしてもう一人の近習は飛び上がるほど驚いたが、牛頭は応えた。
「くく、浅ましい人間よ。あれは我らの場所ではない…」
そして馬頭もぶひん、と鼻を鳴らして口を開く。
「あそこは人間たちが龍神に向けて祈りを捧げる場所なのさ」
それを聞いて、多幸丸は「ほう」と納得し、今度は源太夫に問いかけた。
「そうなのか、源太夫」
すると、源太夫は暫く沈黙した後に語り出した。
「…左様でございます。あすこは毎年龍神様への奉納を行う場所にて…」
「土馬を奉納した場所か?」
「…はい。それは昔の話ですがね。近年は、実はもっと簡素化されておりまして、紙で作った馬になっておりますれば」
「初耳だな」
「そうでしょうな。話しておりませなんだ」
ピリピリとした緊張感のある会話が続き、そこに馬頭が割って入った。
「そういや、お前はずっと“土馬”のことばかり気にかけていたなぁ」
「私は日和乞いの呪具を観に来たのだ」
多幸丸は当然というようにすらすら言った。すると、その言葉に反応したのは牛頭である。
「くくく、本当に人間は浅ましい。日和を乞おうが雨を乞おうが、神はお前たちの願いなど聞き届けちゃくれねぇさ」
「そうかもしれぬ」
多幸丸は否定しない。
確かに、民が土馬や紙の馬を用いてこれほど日和を乞おうとも、雨は降り止みはしなかった。
しかし、多幸丸だからこそ知っている。神は存在するということを。
「方法が間違っているのかもしれないな」
ぽつりと独り言のようにそう言うと、聞こえていた牛頭は静かに怒りを表した。
「…その間違った方法で、俺達罪なき同胞がどれだけ屠られてきたことか。お前達はそれすらも忘れている…」
「なんだと?」
多幸丸が牛頭の背中を見ると、もはや人の手など加えられていない雑木林で立ち止まった。
そして背中から発するただならぬ気配に多幸丸は身構える。
(…何をする気だ)
そう思った時、牛頭は地が震えるような咆哮をあげ、持っていた棍棒を振り回した。
一振りで空気が裂けるような風圧を四方に発し、二振りで周りの木々が潰れ折れてゆく。あまりの激しさに人間など立っていられず、牛頭の後ろにいた源太夫などは吹き飛ばされた。
多幸丸は後ろへ吹き飛ばされた源太夫を受け止めながら、二人の従者に「後ろにもいる。油断するな!」と指示を出す。
最後尾の馬頭はというと、牛頭に戦慄する人間たちを見てげらげらと笑っていた。
「おっと、逃げようったってそうはいかねぇからなぁ!」
そして離れた目だけはぎょろぎょろとすべてを見通し、一人たりとも逃すまいと帰り道を塞いでいる。
牛頭が振り回していた棍棒を下ろすと、目の前には人為的に石が組まれた、簡素な祠のようなものが姿を表した。
どうやら、長い年月で伸び切った木々や藪で隠れていたようだった。
下の社が龍神を祀る場所であるなら、ここが彼らの場所ということだろうか。
そう思って覗き込むと、祠の中は奇妙な暗闇が広がっていた。影になっているのではない、暗闇が広がっているのである。
その暗闇を見た多幸丸、そして仁左、もう一人の近習は直感的に理解した。
あの闇は、地獄へ通じる闇であると。




