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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
止雨
18/85

拾弐 社の向こうに

濃霧の中、先頭の牛頭(ごず)についてゆく形で歩みを進めると、いよいよお(やしろ)に近づいてきたことがわかった。


道が整えられ、鳥居にはしめ縄と紙垂(しで)がつけられ、手入れされている様子が伺える。


だが、牛頭は鳥居をくぐらなかった。


脇にある、さらに上へと伸びる小道をぐんぐんと進んでいく。


「おい、社を通り過ぎてどこへ行く」


多幸丸(たこうまる)が呼びかけた。

異形の鬼に話しかけるなどとてもできない仁左(じんざ)、そしてもう一人の近習(きんじゅう)は飛び上がるほど驚いたが、牛頭は応えた。


「くく、浅ましい人間よ。あれは我らの場所ではない…」


そして馬頭(めず)もぶひん、と鼻を鳴らして口を開く。

「あそこは人間たちが龍神に向けて祈りを捧げる場所なのさ」


それを聞いて、多幸丸は「ほう」と納得し、今度は源太夫(げんだゆう)に問いかけた。

「そうなのか、源太夫」

すると、源太夫は暫く沈黙した後に語り出した。


「…左様でございます。あすこは毎年龍神様への奉納を行う場所にて…」

土馬(どば)を奉納した場所か?」

「…はい。それは昔の話ですがね。近年は、実はもっと簡素化されておりまして、紙で作った馬になっておりますれば」

「初耳だな」

「そうでしょうな。話しておりませなんだ」


ピリピリとした緊張感のある会話が続き、そこに馬頭が割って入った。


「そういや、お前はずっと“土馬”のことばかり気にかけていたなぁ」

「私は日和乞(ひよりご)いの呪具を観に来たのだ」


多幸丸は当然というようにすらすら言った。すると、その言葉に反応したのは牛頭である。


「くくく、本当に人間は浅ましい。日和を乞おうが雨を乞おうが、神はお前たちの願いなど聞き届けちゃくれねぇさ」


「そうかもしれぬ」

多幸丸は否定しない。

確かに、民が土馬や紙の馬を用いてこれほど日和を乞おうとも、雨は降り止みはしなかった。

しかし、多幸丸だからこそ知っている。神は存在するということを。


「方法が間違っているのかもしれないな」


ぽつりと独り言のようにそう言うと、聞こえていた牛頭は静かに怒りを表した。


「…その間違った方法で、俺達罪なき同胞がどれだけ(ほふ)られてきたことか。お前達はそれすらも忘れている…」


「なんだと?」


多幸丸が牛頭の背中を見ると、もはや人の手など加えられていない雑木林で立ち止まった。

そして背中から発するただならぬ気配に多幸丸は身構える。


(…何をする気だ)


そう思った時、牛頭は地が震えるような咆哮をあげ、持っていた棍棒を振り回した。

一振りで空気が裂けるような風圧を四方に発し、二振りで周りの木々が潰れ折れてゆく。あまりの激しさに人間など立っていられず、牛頭の後ろにいた源太夫などは吹き飛ばされた。


多幸丸は後ろへ吹き飛ばされた源太夫を受け止めながら、二人の従者に「後ろにもいる。油断するな!」と指示を出す。


最後尾の馬頭はというと、牛頭に戦慄する人間たちを見てげらげらと笑っていた。


「おっと、逃げようったってそうはいかねぇからなぁ!」


そして離れた目だけはぎょろぎょろとすべてを見通し、一人たりとも逃すまいと帰り道を塞いでいる。



牛頭が振り回していた棍棒を下ろすと、目の前には人為的に石が組まれた、簡素な(ほこら)のようなものが姿を表した。

どうやら、長い年月で伸び切った木々や(やぶ)で隠れていたようだった。


下の社が龍神を祀る場所であるなら、ここが彼らの場所ということだろうか。


そう思って覗き込むと、祠の中は奇妙な暗闇が広がっていた。影になっているのではない、暗闇が広がっているのである。


その暗闇を見た多幸丸、そして仁左、もう一人の近習は直感的に理解した。


あの闇は、地獄へ通じる闇であると。

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