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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
止雨
17/85

拾壱 牛頭と馬頭

雨は、いつの間にか止んでいた。



辺りは真っ白な霧でほとんど見通せない。木の葉の(かす)れる音もなければ、鳥のさえずりも聞こえない。まったく無音の世界に、地面を踏みしめる足音が六人分。もはや人の世という感じがしない。


先頭をのそりのそりと歩く牛頭(ごず)に続いて、源太夫(げんだゆう)近習(きんじゅう)多幸丸(たこうまる)仁左(じんざ)、最後に馬頭(めず)の順で、そこからだんだんと薄暗くなってゆく社へ続く道を歩く。


仁左は、ここから行く先がとてつもなく恐ろしい場所に違いないと脂汗(あぶらあせ)を流しながらも、多幸丸に従い無言で歩みを進めるしかなかった。とりあえず自分のやることは、命に変えてでも多幸丸を守り抜くこと。そして前をゆく多幸丸を見ると、取り乱しもせず悠々とした背中が妙に安心させた。


(…若は凄いな…)



屋敷では、多幸丸の幼少からの奇行、それに伴うような厄運を揶揄する者は少なくない。

魔に魅せられし不遇の嫡子。

彼の将来を悲観し、この久兼領の未来を憂う者さえある。

だが、この光景を目の当たりにした仁左は、幼かった多幸丸が今まで一人でこのような異形の鬼と向き合ってきたのかと思うと同情心しか湧かなかった。


(こんなのを小さい頃に見ていたら、俺なんか小便ちびって大泣きしたな…)


と思うわけである。

しかも先程から見ていると、若の肩や着物の裾から、何か小さいものがチョロチョロと顔を出したり引っ込めたりしているのだ。


(なんじゃあれ…)


牛頭馬頭に見張られているので隠れるようにしているが、若はあれを使役しているのではなかろうか。そう言えば、さっきあんなのを一匹投げ飛ばしていたような…



「ひぃ、ふぅ、みぃ…俺は一番若くて強い奴がいい…あとの二人は皆くれてやる」


仁左の背後で馬頭がそう言った。口を開けば、地面にぼたぼたと粘り気のある雫が落ちる音がする。


(うう、気色悪い…頼むから俺に唾をかけてくれるなよ…)


仁左は前を向いたままそう思った。

すると、先頭を歩いていた牛頭が立ち止まり、集団の動きも止まってしまう。


「おい、抜け駆けするなよ…一番若いのは俺だって食いてぇんだよ」


牛頭は血管の浮き出た横っ面を後ろに向けて言った。言葉は冷静そうだが、血走った目には怒りと狂気がにじみ出ている。


この会話は間違いなく食い物の算段であった。若い奴というのは多幸丸のことと思われる。つまり、源太夫以外の三人を全員食うつもりなんだろう。


「どちらが誰をお召し上がりになるのかは、お社についてからでもようございましょう」


割って入ったのは源太夫だ。

ちらりと後ろを振り向いて馬頭を見たその顔は、既に笑顔がないものの真っ青で冷や汗が滲み出ている。この状況でなければどこか具合でも悪そうな血の気の失せた顔色だ。


コイツは何なのだろう。


牛頭と馬頭が鬼なら、源太夫も鬼だろうか。食い物としての頭数には入っていなさそうなのだが、この顔色からは余裕など感じられない。


「源太夫の言うとおりだな。だが、あまり俺達に指図をするな」

「おうともよ。お前なんて、俺達の気分次第で如何様(いかよう)にもできるんだぜぇ」


牛頭と馬頭は源太夫を睨みつけたが、だらりと汗を流す土気色の顔には決意が(みなぎ)っていた。


「私を食うというなら構いませぬ。しかし、約束は守っていただきましょう」


源太夫と鬼たちとの間には“約束”が交わされているらしかった。そのために多幸丸たちを騙し、社に誘い込んだのだろうか。


牛頭馬頭、そして源太夫は睨み合い、そしてまた歩き出した。

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