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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
止雨
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拾 化けの皮

馬が震え上がって鳴いたとき、多幸丸(たこうまる)は何かが起こっていることを理解した。


しかし何だろう。

そう思った瞬間、ふわりと奇妙な浮遊感とともに馬が斜めになり、崩れ落ちてゆく地面に呑み込まれそうになって、ようやくこの事態に気がついた。


「若!」


振り返ると血相をかえた宗音(そうおん)が駆け寄ってくるのが見え、咄嗟に腕を伸ばした。

宗音はしっかり多幸丸の腕を捉えると、全身を使って多幸丸を上へ放り上げた。

こんな事態の中、多幸丸は妙に関心して「やはりこの者は並ではないな」と思ってしまうほどの身体能力である。


多幸丸自身もあらゆる武術を習得し、修練を重ねているが、宗音は普段の所作や歩き方を見ただけでも無駄がなく、卓越した武道家であることが伺える。武人として名を馳せた宝積寺(ほうせきじ)同瞬(どうしゅん)の弟子というのは伊達ではないようだった。

これだけでも宗音を家臣に引き入れる価値があるのだが、彼にはもっと特筆すべき能力がある。

それが、妖怪退治を成せるほどの法力(ほうりき)だ。この話を聞いた時は胸が踊ったものだった。

どのような術を使うのだろう。

今は亡き國光(くにみつ)が、「私の弟が」と鼻高々に語っていたことも興味に拍車がかかり、実は会えるのを楽しみにしていたほどだった。



それなのに、もう私の元から離れてゆく気か。



そう思った多幸丸は、仁左(じんざ)に支えられつつも、己の肩にくっついていた一匹の小鬼をぎゅむっとつかみ取り、堕ちゆく宗音に向かって思い切り投げ飛ばした。


「宗音に付け!そして必ず二人で戻ってこい!よいな!!」


ひょえーーーいっ、という絶叫が小さくなってゆき、宗音の姿とともに視界から消え失せるのを確認した後、多幸丸は仁左とともに他の近習(きんじゅう)から支え上げられてなんとか這い上がることができた。


道は完全に崩れ落ち、近習は仁左を含めて二人だけ。馬に乗っていたもう一人は宗音とともに堕ちてしまったようだった。



「さて、お(やしろ)へ向かいましょうか」



この状況で一番先に口を開いたのは、貼り付けたような笑顔のままの源太夫(げんだゆう)だった。


「お、お主…!何故に笑っておる!」


近習の一人が激昂してしまうほどの笑い顔なのだ。あまりの異様さに刀を抜かんばかりに興奮する近習を、多幸丸は冷静に制した。


「待て、様子がおかしい」


そして、常に源太夫の横にいたはずのお(ひで)がいないことに気づく。


(どこに行った…?)


そう思って先程這い上がった後ろを振り返ると、娘の小袖がちらりと見えた。いつの間にか背後に回っていたようだ。

だが、うつむき加減に笠で隠れた顔を見ずとも、それがいよいよ尋常ではない様子に多幸丸は目を見開いた。


娘、ではない。


ぐん、ぐん、ぐん、と背丈が伸びていき、体躯は人間のそれとは思えないほど太く大きく、肌の色は褐色というより黒に近く変色していった。

腕や足には剛毛が生え、筋骨がぼきぼきと音を立てながら隆起する。

その腕がおもむろに笠を取ると、そこには馬の頭が生えている。



「まあ、騒ぐなよぉ」



馬頭(めず)の口からは人間の言葉が発せられた。

だが、血走った目と、ぼたぼたと流れ落ちるよだれから狂気しか感じられない。


これを見た近習は「ぐっ」と喉を鳴らして(おのの)いた。



「よくやったなぁ、源太夫」



違う声が、今度は反対側から聞こえてきた。つまり、社へ向かう道、源太夫の方向からである。

馬頭に呆気にとられていた多幸丸たちは、振り返ってさらに二重に驚くことになった。


源太夫の後ろにももう一体、今度は牛の頭の巨体が立っている。


牛頭(ごず)殿、馬頭(めず)殿。約束はお社に着いてから果たしましょう」


能面のような真っ白な顔色の源太夫は、相変わらず笑顔で言った。


「よかろう。では皆、参ろうか」


牛頭がそう言って前を向き歩き始めると、一番後ろの馬頭も口を開いて多幸丸たちをせっついた。


「さぁ、早く行こうぜ」

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