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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
止雨
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玖 村の事情その弐

一行はひとまず、地滑りで土砂が崩れ落ちている場所を迂回しながら山の方へ向かって歩いた。



濃霧の中、藤吉(とうきち)の案内で多幸丸(たこうまる)たちが向かっているはずの(やしろ)を目指す。


「お社は、むかし村だった場所にあるんです。今も祭りのときには村人たちがお参りするので、崩れていなければ階段が連なって続いています」


藤吉は、誰にも言えなかった心のわだかまりが解消したせいか、ずっと饒舌(じょうぜつ)になっていた。


「あの法師さまが来てから皆おかしいんです。秀姉(ひでねえ)は、オレとも姉弟みたいに育った仲なのに、うちのお父もお母も『(にえ)が、贄が』って狂ったように言っていて…」


それに追随するようにお(しげ)もぽつり、ぽつりと口を開く。


「おねえちゃん、身体が弱いんです…ずっと前に死んだお母みたいに、この一年寝たきりだった」


またぐすり、と涙ぐみながら訴えた。


「牛を贄に、って話もあったんですけど、去年一頭死んじまって、これ以上減ると仕事に差し支えることになるんです。それで誰かが、『働かない者ならいいだろう』なんて言い出して…」


藤吉が拳を握りしめてそう言った。

きっと、どうにも出来ずに歯がゆい思いをうんとしたのだろう。二人共、歳の割にはしっかりしていて聡かった。大人の言う事、やること、村の諸事情にもなかなか詳しい。


宗音(そうおん)はできる限り話を聞き出そうと、相槌を打ちながらたまに質問を投げかけた。


源太夫(げんだゆう)はいつ頃から家を空けているのだ?」


「秀姉が、いなくなってから…」

藤吉がぽつり、とそう言うと、お滋もまた口を開く。

「お父、おねえちゃんを連れ戻しに行くって言ってた…」

「連れ戻す、と?」

宗音が聞き返すと、お滋が頷いた。

そして今度は藤吉が語る。

「源おじ、オレには『お滋を頼む』って言い置いて村を出たんです。もういつもの優しい源おじの目じゃなかった…皆みんな、おかしくなってる…」


藤吉の言う事が本当なら、村は何かしら魔に侵されているのかもしれなかった。生きて帰れたならば、多幸丸とともに様子を見に行った方がよさそうだ。


「オシゲー、オシゲ!わしがお〜る。泣くない、泣くな」


気がつくとフタマルはお滋にべったりとくっついている。

お滋が少しでも嫌がる素振りをするものなら、宗音が地面に叩きつけてでも追い払おうと思っていたが、お滋はむしろ嬉しそうだった。


「フタマルちゃん、ありがとう」


初めて見せる笑顔は、やはりお秀と瓜二つだ。その笑顔を微笑ましく見守りながら、これから向かう先で何が待ち受けているのか、宗音は背筋が薄ら寒くなる思いだった。だが、先程の言葉に偽りはない。出来うる限りを尽くして、この子達も守るつもりだ。



吐き気がするほどの土の匂いにまみれながら霧の中を進んでいくと、土砂の中から何かが突き出ているのが薄っすら見えた。


「あ、あれ」


藤吉が指差す先を見つめると、そこには白馬の足が力なく天に向けて伸びている。


「若の馬だな…」



宗音は苦々しい思いでその哀しい末路を眺めるしかできない。

そう、多幸丸こそは地滑りから助け出せたが、馬は救えるはずもなかった。美しかった白馬は土砂に埋もれ、その頭はおろか胴すらも見えないほど深く沈んでいる。そして、今の宗音には土から掘り出す術もなかった。


(すまない…お前の主は私が必ず探し出すからな)


宗音は心の中で謝罪し、手を合わせてから再び歩みを進めるのだった。


あの時、他の近習(きんじゅう)たちも何人か巻き込まれたように見えたのだが、見渡しても人影はなかった。

この土砂に巻き込まれれば生きてはいまい。宗音は本当に運良く、木などに引っかかって難を逃れたのだろうと思われる。でなければ助からなかった。


多幸丸は無事だろうか。

いや、きっと大丈夫だろう。不運だなんだと言われる多幸丸だが、そのせいで過去に幾度と死線をくぐり抜けたと聞いていた。己の宿命を自覚する多幸丸の瞳は強い。おそらく、あらゆる事態を想定して心身ともに鍛え上げてきたのだろう。これしきのことで倒れる者ではないはずだ。



そうこうするうちに、藤吉が何かに気づいたように「あっ!」と叫び、霧をかき分けて前へ出た。


「宗音さま、階段です!」


見ると、霧の中から薄っすらと見える石の階段が、上へ上へと連なっているのが確かに見えた。


この階段の先に社がある。

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