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室町享禄妖奇譚  作者: 山縣十三
止雨
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伍 道中

多幸丸(たこうまる)は笠に(みの)の出で立ちで馬に乗った。


追随する近習(きんじゅう)の一人がこれも馬に乗り、宗音(そうおん)を含めたその他三人が徒歩で従う。

多幸丸の馬は白。雨でなければ、白馬に乗る多幸丸はさぞかし見栄えがよかっただろう。近隣の民が見れば、次期領主が絵巻物から出てきたような麗しき美少年であることは、やはり嬉しいことであるはずだ。


宗音は相変わらず袈裟(けさ)錫杖(しゃくじょう)を手に持った出で立ちだ。これに雨凌ぎの笠に蓑を纏っている。

そして、この集団の先頭を行くのは、案内役を果たすあの父娘でだった。二人共同じように笠に蓑で雨粒を凌ぐが、父親の方は背中に行李(こうり)を背負っているので亀のようなこんもりした後ろ姿になっていた。



出立したとき、幸いにも小雨だった。

白い空がぱらぱらと小さな雨粒を降らせるだけで、視界は明瞭。気をつけなければならないのは連日の雨でぬかるんだ道のりだ。


多幸丸の従者は全員が士であったが、徒歩で行く一人は随分と明るく、ひょうきんな者だった。

名は平野仁左衛門(じんざえもん)。二十七ということで、亡くなった宗音の兄とも歳が近く親しかったらしい。


「おお、そなたが國光殿の!これは懐かしい。その瞳はまるで國光殿のようだ。俺は大層世話になった」


と笑顔を向ける。

道中も、専ら口を開くのはこの仁左(じんざ)であった。



「よかったのう。若が関心を持って下さるなど、お前たちにはこの上のない僥倖(ぎょうこう)だろう」


「やや、あすこに見えるはアケビだな。もう少し熟せば食べ頃だ」


「あの山の岩の端に大きな木があるだろう。あの木から東に少しずれた所に洞穴があるんだ。子供の頃はよく中に入って遊んだもんだ」



そんなことを徒然と話しながら歩くのだ。他の従者も、多幸丸さえもこの男の喋りには慣れているらしく、別段眉を寄せるでもなく、ふむふむ、と言った感じで和やかに聞いている。

次第に、表情の硬かった娘も朗らかに笑うようになり、仁左をはじめ他の者たちのたわいない話に耳を傾けては、たまにくすくすとくすぐったくなるような笑い声で口元を緩めるようになった。それがまた周囲を和ませてゆく。


父の方は源太夫(げんだゆう)、娘は(ひで)といった。


「お(ひで)は人見知りをする(たち)でございまするが、このように笑う様は珍しい」


源太夫がにこにこと嬉しそうに呟いた。


「いや、誠慎ましい娘御だ」

従者が秀を養護するようにそう言う。

「そう言えば、殿がお秀殿を大層気に入っておいででしたな。ゆくゆくは城仕えにしてもよい、と申されたそうな」

仁左がそう言うと、他の近習たちも頷いて源太夫をみる。


「この娘にそのような大層な仕事が務まるか…」

と秀を見るが、当の秀は俯きながらも「わたくしにできることならば…」とか細い声でその申し出を受けたい旨を告げる。

源太夫にとっては、この上ない話だろう。目尻をこれでもかと下げて、


「願わくば、御殿様、若殿様のお役に立てれば幸いにございまする」


と返答した。


秀は十三かそこらだろうが、宗音の目から見ても色白で愛らしい容姿だった。百姓の娘にしては色白で、筋張ったところもなく顔立ちが整っている。領主は、もしかしたら若の(めかけ)にでもするつもりかもしれない、とも思った。


しかしながら、当の多幸丸は娘にほとんど無関心と言ってよく、むしろこれから見るであろう土馬(どば)にばかり気を向けている様子だった。


実直な若殿だ。まだ元服してないとはいえ、もう十五を迎え、ゆくゆくはこの久兼領を乱世で保っていかねばならぬ身だ。女子(おなご)にかける情熱はまだ持ち合わせていないのかもしれない。

かくいう宗音もまた出家した身の上というだけでなく、醜美はとんと無頓着に育っている。

美しいと思うモノが近づいてきたとき、それらはだいたいヒトではなかったからだ。故に、見た目に心が左右されることがほとんどなかった。



しばらく道なりに進むと分かれ道になった。


先を行く父娘が迷わず上へ進む道に足を向けるのを、多幸丸が何かに気がついて「待て」と止めた。


「この先に村などないはずだ」


最近は雨を降らせぬようにと出歩く頻度は減っていたが、己の領地の地図は頭に入っているようだ。


だが、源太夫はなんでもないことのように笑顔で返答を述べる。


「左様で。しかし若殿様のご所望は土馬を祀る(やしろ)とのことでしたので、この道で合うておりますれば」

「ほう。つまり、村から離れた場所にあると?」

「ええ。昔はこの道の向こうに村があったらしいのですが、川の流れが変わった、と伝え聞いております。それで村を移したと」


そこまで聞くと、多幸丸は頷いた。


洪水、土砂災害が発生して土地や川の流れが一変する、という事態はこの時代珍しくない。そうなると人の手で元に戻すなど不可能だった。人が自然に合わせて暮らしを変えてゆかねばならない。


おまけに、多幸丸の祖父の、そのまた祖父の時代に大きな災害が起こり、領内の村々の中には集落を移動せざるを得なかった、という話を聞いたことがあった。


「分かった。では進もうか」


多幸丸一行は再び歩みをすすめてゆく。

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