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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

何もかも、横取りされていたようなのです。私は地下で平和に暮らしていたつもりだったのに!!

作者: 家具付

さくっとざまぁで短編でハッピーエンド目指しました!!

「あなたにはとっておきの素敵な空間を用意したんだ」


その日婚約者の彼は笑顔で、シンディに向ってそう言った。

彼の家はシンディの家のように、貧乏で爵位だけがあるような貴族ではなくて、飛び切り裕福な商人の家である。

そのため、シンディとの結婚は彼の家にとって、ただ単純にお金だけでは買い求められない、貴族の身分というステイタスを手に入れるための、今後の事を見据えての大事な結婚だった。

シンディの家が貧乏だからこそ、商家との縁談を受け入れたわけであり、そうじゃなかったらシンディの家は家系図をたどれば、驚くなかれ建国当初から国に仕えていたという、やはりお金だけでは手に入れられない付加価値を持った家柄であったため、縁談を蹴飛ばしたに違いなかった。

彼女の家は建国当初から国に仕えている忠臣の家系であったものの……あまり裕福な家柄ではなかったのだ。

質素堅実質実剛健。そんな家訓をモットーにし、領民たちと静かに暮らして、有事の際は何においても国のために尽力を尽くす、そんな貴族だった。

だがしかし、シンディの祖母が若かった時代に、曾祖父が余所で作ってしまった愛人の子供がとてつもない我儘で金遣いが荒く、どんなにいさめても勝手に、家の名前で借金をするという問題児だったため、その尻ぬぐいであっという間に代々ため込んでいた貯金は底をつき、祖母が結婚する頃に至っては有名な貧乏貴族となってしまったのだ。

愛人の子供は、曾祖父にほかに男児がいなかった事から迎え入れた少年だったが……どんなに厳しくしても反発し、金を使いまくり、反省する様子もなかったため、当時王室にも王女しかいなかった事から、女性にも継承権を与えるという法令が決まった事もあり、すぐさま規律の厳しい辺境の騎士団に入れられて、祖母が後ををとったのだ。

そしてなんとか家を維持するために、一生懸命に奔走して、シンディの代まで貴族の名前を捨てなくて済んでいたのだが……

ここの所の不作続きの領地では、川の決壊なども相次ぎ、著しい資金不足に陥ったのだ。

父も母もなんとか切り詰める所は切り詰めて、なんとか領民たちを助けようとしていたのだが、それでも資金不足で、そんな時に婚約者の商家が、縁談を持ちかけてきたのである。

父も母も、金で娘を買うなんて、と憤ったものの、憤っても出てこないものは出てこない。

そしてシンディは、


「大好きな領民のためになるんだったら、喜んで縁談をお受けしますよ」


といったため、両親は泣く泣くシンディを婚約者の家に嫁がせる事にしたのだ。

こう言う状況になった場合、婚約者の家は準貴族と格が上がり、準貴族の間に叙勲されるような立派なふるまいをすれば、成り上がりと呼ばれる事もあるが、貴族と称する事が出来るようになるのだ。

更に血統に関しては間違いのないシンディと結婚出来れば、その成り上がりという悪口もかなり減るわけで、婚約者はそれもわかっているからこそ、シンディに対してとても丁寧に接してくれた。


恋愛感情はないけれど、この人となら穏やかに結婚生活が出来そう。


そんな事を思ったシンディは、国ではありふれている、婚前の同居期間に婚約者の家に向い……そして冒頭の事を言われたわけである。

とっておきの素敵な空間と言われて、シンディがときめかないわけがない。

にっこり笑って、


「まあうれしいです、どんな空間でしょうか?」


と言った事に関して、誰もおかしいと思わないだろう。事実いつでも優しい婚約者が、とっておきの素敵な空間を用意したと言ってくれて、心が弾まない乙女がいたら見て見たい。

そんなわけで、シンディは花嫁道具の荷解きも後回しにして、婚約者が案内するとっておきの空間に向かったわけだった。



とっておきの空間は、婚約者の屋敷の地下にあり、しかし地下の扉を開けると、さあっと明るく穏やかな日光が差し込める、広いバルコニーをガラス張りにして、全く地下とは思えないように仕上げた、贅を凝らした空間だった。

そして何よりシンディにとってうれしかったのは。


「まあ、調合室がある! こんなに広いバルコニーでしたら、薬草をたくさん育てられますね!」


そういう、シンディの実用的な趣味の、薬の調合が出来る空間が備わっていた事だろう。

実家では、出来る限りの物を自分達で作る事が当たり前だったため、シンディは薬草を育てて、自分で大体調合する事が出来たのだ。

それを作れば皆が喜び、そして家のためにもなり、奥が深く学んでも学んでも新しい事が増えていく。

薬草調合には長く続けられる物でもあったのだ。

その空間は、寝台もあればシャワールームもあり、簡易的な台所まで完備されていて、この空間だけで暮らしていけるのではないか、と思うほどの作られたものだった。

こんなとっておきの空間を用意してくれた、素敵な婚約者に笑顔を向けたシンディは、彼が喜ぶシンディを見て嬉しそうなため、続いた言葉に頷いたのだ。


「愛しい人、あなたにはここで暮らしていただきたいのです。これからは、私の家のために、あなたの薬や香水を作る腕前を、使っていただきたいのです」


「分かりましたわ!」


なるほど、自分の腕前はこの人の目で見ても結構上出来の部類になるのだろう。

元々好ましいと思っている相手のために、この腕前を使うのに否やはなかったため、シンディは喜んで頷いた。


「もしよろしければ、今日からでも」


「いいのですか!?」


「はい。荷解きなどはこちらで済ませておきますから」


「何から何まで……本当にありがとうございます」


荷解きよりも、先にこの空間で色々な事をしていいと甘やかされたシンディは、ありがたくその言葉を受け入れ、いそいそと中に入って、中に置かれていた最新の薬草調合誌を読み始めたのだ。

きいい、と扉が閉まり、がっちゃん、と幾つもの鍵が、かけられた事にも気付かないままに。





それからシンディは、婚約者が求めるままに、色々な薬を調合し、お得意様だというご婦人方の求めるような香水を考えて作り上げ、せっせせっせと働いた。

残念ながら貧乏だった実家と比べると、食事は毎日三回あるし、毎回分厚い黒パンにバターが乗せられたものと野菜のたっぷり入ったスープに、

豆のピューレと言ったもので、お腹いっぱい食べられる事にも幸せを感じていた。

シャワールームを何時に使っても苦情は来ないし、逆に使わなくても何も言われない。

婚約者は薬草調合雑誌が新しく発表されるとすぐに用意してくれて、最新モードの香水の情報も教えてくれる。

まだ自分たちは結婚していないから、二人で社交界に出る事は叶わないけれど……結婚式もその後も、こんな素敵な旦那様と一緒なら楽しみだ、とシンディは精力的に働いていた。

彼女は気付かなかったのだ。

婚約者は、薬草などの材料は用意してくれるし、そう言ったものを取り扱う商人と会話をさせてくれるけれども、他の家の関係者とは全く接しさせてくれない事。

婚約者は、汚れるからという理由で、よれよれの衣類を着まわしているシンディに対して、何か服を都合する事がほとんどなく、用意されるものは皆、使用人たちが着るような丈夫な綿や麻の衣類で、裕福な商家の奥方様が身に着けるような、立派なものは一枚も用意してくれない事。

婚約者は、実家に来ている時は送ってくれた綺麗な花などもくれなくなって、愛の言葉を囁かなくなった事。

婚約者は、あんなにやさしく色々な話を聞いてくれるのに、家族への手紙を出そうという話題を出さない事。

新たな暮らしに対しての不満が、一切ないシンディは、そう言った徐々に変わっていった変化に、気付かないで、幸せに暮らしていたのだ。

そして、彼女が地下でありながらも日当たりのいいバルコニーがある自室で生活し、そう言えば一度季節が一周したわ、と気付いたのは、ここで生活を始めてから、相当日にちが経過した頃であった。


「一年も経つのかしら、そうだったらそろそろ結婚式の準備をしなくてはいけないのに」


同居期間を一年経験したのちに、華々しい結婚式を挙げる。それは国の一般的結婚の在り方で、それだけ同居していれば、結婚するかどうか冷静な判断ができるだろうという方針のためだ。

シンディは楽しい生活にすっかり忘れていたが、婚約者は忘れていないだろう。

婚約者に話に行かなければ、と少し慌てて、シンディは部屋のドアを開けようとして……どう頑張ってもドアが開かないし、ドア自体も頑丈で早々壊れないように、鉄製の枠組みを使われているため壊せないし、というわけで首をひねった。


「あら? あの人うっかり、鍵をかけてしまったのかしら。きっとご飯を用意してくれる人が来た時に、お話したいって言えば、連れて行ってくれますよね」


うんうん、とシンディが頷いた時である。

ちょうどよく食事の用意を持ってきた、使用人の老婆が、のろのろと入ってきたため、シンディは笑顔で話しかけた。

今まで、何度話しかけても、喋ってもらえなかった人であるが、これ位はどうしても聞いてほしいと思ったのだ。


「こんにちは、お婆さん。私、今日はどうしても婚約者様と、お話がしたいのです。上の婚約者様の部屋に、連れて行っていただけませんか?」


老婆はじっとシンディを見つめ、首を横に振った。しかし、一度首を横に振ったものの、何か考える様子を見せ、彼女はまず食事をしてくれ、という調子でワゴンを示した。


「お食事が先? わかりましたわ。……わあ、今日は特別なお祭りだったかしら? 骨付きのモモ肉のローストに、グレービーソース! 今日のお豆はバターであえてあるのね、美味しそう!」


シンディは普段とは大違いの豪華な食事に顔を輝かせて、それらを丁寧な仕草でパクパクと食べ終え、それをじっと見つめている老婆に、問いかけた。


「お婆さんはお食事はすんでいらっしゃるの?」


「……」


老婆はこくりと頷いた。そして、食べ終わったシンディは急に眠気を感じたため、ふわあ、と欠伸をしたのだ。


「あら、ごめんなさい……急に……眠く……」


「……」


老婆は悲しげな瞳でシンディを見つめている。シンディは眠たくなったその時に、老婆の喉に、とある毒の痕跡を見つけた。


「お婆さん……もしよろしければ……これ……お薬……」


あの毒は喉がつっかえて喋れなくなる毒で、毒性は低いが症状が長引くものだった。

それ位の解毒薬は、手持ちで用意できたシンディは、欠伸をしつつも、しっかりと解毒薬を確認し、老婆に手渡した。


「どうぞ。解毒剤です……もしだめでも……お腹も壊しませんから……」


そこまで言ったシンディは、ついに眠気に勝てなくなり、その場でゆっくりと座り込み、それから慎重に体を横たえて、目を閉じてしまったのだった。




「シンディ、シンディ!! 目を開けてくれ、シンディ!!!」


シンディが目を覚ました時、世界は一変していた。いつもの見慣れた、婚約者が用意してくれた素敵な空間ではなくて、窓から普通に光が差し込む地上だったのだ。

そこで目を瞬かせてから、シンディは自分の手を握り、必死に呼びかけていた男性に、おっとりと問いかけた。


「あら、アレクサンダー様。どうしたのですか? 私はお家で……お腹いっぱいになって眠くなって、恥ずかしいけれどその場で眠ってしまって……」


「どれだけ暢気なんだ!! 君は監禁された上に閉じ込められていたんだぞ!!」


領地が隣で、何かと一緒に並んで育ってきた幼馴染が、思いっきり言う。

それに対してのシンディは首をひねった。


「ええ……? そんなはずありませんわ……? 婚約者様は、素敵な空間を準備してくださって、私はそこで、あの人のためにお薬や香水を作って、楽しく生活していたんですよ?」


「……君はまさか、何も気付かなかったのか? もともとずれている女の子だったけれど……」


「アレクサンダー様、教えていただけますか? 私が寝てしまってから、一体何があって、ここに運ばれたのかを」


「ああ」


シンディがさすがにいぶかしく思い、信頼は出来る幼馴染に言うと、彼は首を縦に振った後ゆっくりと説明を始めた。




シンディが婚約者と同居を始めてから、婚約者はシンディと同じ髪色と瞳の色の、もっと美人で色っぽい女性を、隣に連れて、連れまわしていたのだという。

そして、その女性が家の女主人であるようにふるまい、使用人たちはこの人が、シンディだと思っていたそうだ。

そして、地下にいるのは婚約者の遠縁の、頭のおかしい少女だと聞いていたという。

それだけでもう、シンディとその女性を入れ替えて周囲に印象付け、女性をシンディだと思わせようとしているのは明白だった。

更にそれだけにとどまらず、その女性が、流行病の特効薬のレシピを作り、悪化した人々のためのもっとすごい薬を調合していると、世間に広めていたのだ。

他にも、高位貴族の女性たちが、今ではこぞって買い求める数多のフレグランスの最初の調合を行ったのも、この美しい女性だと言っており、美しく賢いシンディ嬢に対して、王は爵位を与え、商家も準貴族をすっ飛ばして、貴族に格上げする事になっていたそうだ。

つまり。


「君の手柄も君の名前も、皆君は奪われていたんだ!」


アレクサンダーは吐き捨てるように言った。許せないと明らかに分かる言葉たちだった。

シンディは若干寝ぼけた頭で考えた。


「私、飼い殺しにされていたんですね。私のした事を皆、その女性がやった事にして……私の名前もその人にものにされて……」


「そうだ」


「でもどうして、今、それが明らかに?」


「昨日は、シンディと婚約者の結婚式が執り行われていたんだ」


「まあ! 私不在の結婚式でしょう? どうやって行ったのかしら」


「そこで暢気を発揮しないでくれ……偽物の君が、世間で本物だという事になるように、婚約者と挙式をしたんだ」


「それはそれは……」


驚きすぎて言葉が出てこないシンディに、アレクサンダーは続ける。


「君じゃないと、すぐにご両親が気が付いた。最初は化粧などで女性は色々化ける、という事で誤魔化そうとした屑だったが……そこで、とある老婆が走ってきたんだ」


「お婆さんが?」


「ああ。そして、ご両親と側にいた俺に、本物のシンディは地下に閉じ込められている、そして今日、最後のご馳走だからと、毒入りの食事を食べさせられて、倒れていると教えてくれたんだ」


「あのお婆さん……?」


シンディは、食事を運んできたお婆さん以外に、該当者を思い浮かべられなかった。

そんな彼女に、幼馴染は続ける。


「それを聞いたおじ様とおば様が、制止を無視して地下に入って、お婆さんが案内してくれた牢屋の扉を壊して、中に入ったら、君が真っ青な顔で倒れていたんだ」


「牢屋だったの?」


「ほかに言いようがなかったぞ、鉄格子の扉があって、鍵がかかっててさらに、鉄枠の丈夫な扉にもがっちり鍵がかかっていて。俺が蝶番を破壊する方法を知っていたから、すぐに中に入れたんだが」


「外側はそうなっていたのね……」


内側からは鉄格子なんて見えなかったので、牢屋だったなんて気付きもしなかった……とシンディは呆気にとられてそして。


「シンディ!!」


「シンディ!! ああシンディ!!」


扉を壊す勢いで入ってきた両親に、ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、二人が泣きそうなので、自分も涙を流しそうになった。


「お父様、お母様、今アレクサンダー様から色々聞いていたのです」


「ああ、そうだったか……すまない、お前をこんなひどい目に合わせる男との結婚なんて……」


「私達がもっと良く素行を調べなければいけなかったわ……」


悲しむ両親に、シンディは言う。


「お二人が悲しまないでください、私はこうして生きていますし」


「本当にそうだ。……教えてくれたお婆さんは、屑に毒を飲まされていて、解毒薬が欲しければいう事を聞けと言われ続けていたそうだ。そしてお前が死ぬのを確認しろと……だがお前が倒れかけながらも解毒薬をくれたから、それを直ぐに飲んで、私達に涙ながらに知らせてくれたんだ」


「修羅場ですね……あの後あの人はどうなったんですか?」


「虚偽の申告その他もろもろが重なりまくった挙句に、お前の殺人未遂も乗っかって牢屋にいる。お前が暮らしていたようなところではなく、本物の牢屋でな」


「女性は……」


「彼女も詐欺はなはだしいからな。乗っ取りでもあると陛下が深刻に受け止め、こちらも牢屋行だ」


「……そうだったんですね……」


平和に暮らしていたと思ったら、地上では大変な事がたくさん起きていたため、少しついていけないシンディだったが、両親はそんなシンディを安心させるように言った。


「陛下が、本物の功労者であるお前に、報奨金と特別金と、爵位をくださることになった。お前の働きは地上では、それだけの価値があるものだったんだぞ」


「まあ、それでは、うちを立て直せますね!」


元々家のための資金繰りで結婚したような物だったシンディが、心の底から喜ぶと、アレクサンダーがさらににやっと笑って言った。


「君の結婚相手になりたがる男は、これからごまんと出て来るぞ、これからもっといい男を選んで、本当に幸せになる結婚をするんだな!」


「そうですね!」



こうして、気付かない間に色々な修羅場が引き起こされていたシンディは、平穏とは少しいいがたいながらも、幸せな人生を送る第一歩を踏み出したのであった。

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