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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第五章 カビオサ 不可侵領域編
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第96話 この国は血でできている

 メラニーとキキにより集められた狩人は烏合の衆だが、ただの金目当て以外に強い魔術師との戦いを目的とした者もいる。

 結界内に残った狩人は全員それだった。ゆえに弱者は一人もおらず、ルゥからあふれ出る魔力を見ても、身じろぎ一つすることがない。


 ルゥを囲う左右の狩人が同時に投げたのは発光弾。

 ダメージはなくても影は綺麗に消える。

 目を閉じることもなく、別の狩人がその直後に爆炎花を投げ込む。

 衝撃音と共に赤い炎が舞い上がり、残るのは黒い灰だけ……

 のはずが、そこにあったのは人間が三人は入れそうな大きさの黒い球体。


「影魔球」


 影の多い時間のみにできる鉄壁の防御。闇の中でそれは存在感を放ち鎮座していた。


「引きこもり野郎を引きずりだせ」


 双方から容赦なく撃ち浴びせられる無尽蔵の魔弾。だが、黒い球体は傷一つつかずすべてを弾いていく。

 メラニーは瞬きすることなくじっと目を凝らしていた。そして、わずかに濃度の高い影がうごめくのを確認。


「移動してるぞ! 向かいの屋根だ」


 メラニーが指差すのは大通りを挟んだメラニーと逆側に位置する二階建ての建物だ。

 屋根の上で実体化したルゥは、魔壁を作りその後方でじっとしていた。


 大通りにいる狩人七人は屋根の上にいるルゥへ魔銃を撃ち浴びせる。

 違和感を察知したのはメラニー。

 魔壁は魔弾によりどんどん削られていくが、ルゥはそこから全く動かない。


 魔壁により見えない口元。大通りの真ん中に鎮座する黒い球体。極めて近い距離にあえてとどまり続けるルゥ。

 その意味を察し、メラニーは目を見開き、叫ぶ。


「その場から離れろ! 詠唱してるぞ!」


 特級詠唱魔術。魔術印は黒い球体の中に描いていた。

 詠唱を締める結び語を唱えることによりそれは発動。


「黒茨」


 黒い球体から無数の長い針が一瞬で飛び出し、周囲の狩人に突き刺さる。


「ッ!?」


 首や心臓や頭部を貫かれた五人の狩人は血潮に染まり、それぞれ倒れ込む。

 なんとか身体をひねって避けた一人は、足のみ突き刺さりその場でうずくまる。

 ルゥは容赦なく凝縮した暗黒弾でその後頭部を撃ち抜き沈める。


 軽傷だった唯一の狩人は、風魔術の魔道具を使いルゥに向かって跳躍し、一気に接近。

 狩人がナイフを斬りつけるより速く、ルゥは姿勢を沈め腹部を強烈に蹴り上げる。狩人は蹴りを両手で受け止めるも屋根から後方へ落下。身体をひねって宙で着地態勢をとる狩人を指さして一言。


「黒茨」


 球体の長い針がさらに伸びて狩人の背中に突き刺さる。声を上げる間もなく、血しぶきをあげて、狩人はそのまま地面に叩きつけられる。

 残るはメラニーのみ。大通りを隔てた屋根の上に立つそれぞれの視線が自然と交錯する。


 



 メラニーは狩人たちと戦うルゥをじっと観察していた。その戦いぶりは多数を相手にしても隙がなく、無駄もない。様子見に徹して動かなかったのは、ルゥの手札を少しでも多く客観的に見ることと自分の仕込みを見破られないためだ。


 メラニーは最初の段階で布石を打っていた。

 問題は朝日が今にも顔を出しそうなこと。明るくなると違和感に気づかれる可能性がある。


 ふと背後に感じる殺気で振り返ると、二体の影分身が影針を持ち、メラニーに接近。

 その二体をなんなく斬りつけ、すぐ本体の方を向いた。

 ルゥは屋根からメラニーの方に向かって跳躍。

 が、高く飛び過ぎているのか滞空時間が長く、メラニーから見ても隙だらけ。


(突き刺せる)


 そう確信するも、宙にいるルゥから視線をわずかに逸らしたのは生き物の防衛本能。その防衛本能がメラニーを救う。


「黒茨」


 大通りに鎮座する黒い球体から無数ではなく凝縮した一点の針がメラニーの胸部に向かって長く伸びあがる。それをメラニーは身体を捻ってぎりぎりで避けるも、態勢が崩れたところに宙にいるルゥが暗黒弾を連射。

 わずかに頭部をかすめてかぶっていたフードがちぎれ、顔が露わになった。


「ちっ」


 屋根に着地後、その顔を見て、ルゥは少しの間固まった。

 メラニーの頭頂部には二つの獣耳が生えていた。

 なかなかお目にかかれない種族。

 獣人。


 ルゥは同じくらい小柄にもかかわらず異常な身体能力の理由に合点がいった。

 獣人は五感が極めて優れており、成人した獣人は人間の倍近い身体能力を持つ。さらに優れた個体は数倍の身体能力を持つという。狩り及び戦いに極めて優れた種族だ。


「んだぁ? 急に動きを止めやがって。攻撃してこないのか?」


 ルゥは構えるも、その目にはわずかに憐憫の色が滲み、メラニーはそれを敏感に察する。


「そういう眼で見るなぁ!」


 メラニーは叫びながらまっすぐルゥに斬りかかる。振り下ろされた剣を一歩後退して避け、影針を滑らせるように突き。

 振り下ろした剣を瞬間的に振り上げて、メラニーは強引に突きを弾く。

 歪で異常な身体能力にルゥは反射的に距離を置いた。


「あなたはなぜこんな不毛なことを?」

「獣人が魔術師に恨みがあるのは至極当然だろうが」


 影針を暗黒弾に変えて、メラニーに向かって右手を突き出す。


「当たるかよ。舐めてんのか」


 一歩踏み出した瞬間、メラニーは地面の影に足を絡めとられ動きが止まる。


「暗黒弾」

 

 直後に放たれた暗黒弾はメラニーの腹部に直撃。


「うっ」


 今度はメラニーが屋根から大通りまで吹き飛ばされた。

 ルゥは大通りに下りて、立ち上がるメラニーと対峙する。


「過去の魔術師がやった行いを弁明するつもりはない」


 ダーリア王国は獣人に対して虐殺をした歴史があるのはルゥも知っていた。

 その最前線に立ったのはゼゼ魔術師団。


「嘘をつくな。眼を見ればわかる。『あれは虐殺じゃない』『あれは仕方なかった』どいつもこいつも同じような眼をして言い訳をする」


 魔族との戦いで協力的だったエルフと違い、非協力的だったのは獣人だ。

 魔族が獣人を襲うことが少ないというのが最たる理由だ。

 魔族が襲うのは人間であり動物を襲うケースは少なかった。無論、獣人は人に近い種族なので全く襲われないことはなかったが、ある程度魔族と棲み分けができていたのも確かだった。


 中立的立場だった一人の獣人に近づいたのは魔王ロキドス。

 ロキドスはその獣人に交渉を持ちかける。自由にできる森の領地を与える代わりにゼゼ魔術師団内の密偵活動を要求したのだ。


 その獣人はロキドスとの取引に応じてしまった。これが明るみになった事によりダーリア王国内で獣人に対する怒りが止まらず、当時の国王は獣人も討伐対象とした。

 その後、獣人はダーリア王国内ではいられないほど殺戮される。


「あれは行き過ぎた行為。魔族に対する恨みや恐怖が最大限膨れ上がった結果、起きてしまった。私も二度とあんなことを起こしてはいけないと思っている」


 メラニーは鼻で笑う。


「違う。人の遺伝子には争いという不治の病が刻まれている」


 断定的な言い方にずっと無表情だったルゥが眉をひそめる。


「特定の人間の行いだけで、種族をひとくくりするのは良くない」

「一緒にするなってか? じゃあお前はこの国の成り立ちを知ってるか?」


 ルゥはそれに答えない。代わりにメラニーが続ける。


「昔、昔、ホビット族という小さな種族が慎ましく暮らしていました。その土地に後から人間たちは入り、勝手に開拓していき、逆らうホビット族を殺しまくり民族浄化してしまいました。これがダーリア王国の成り立ちだ」

「……」

「この国は血でできている」


 国の歴史を紐解けば、争い無しに語ることはできない。魔族との戦い以前は、国同士の諍いがあり戦争を何度もした歴史があるのも事実だ。


「魔族を倒して平和になった? 嘘をつくな。すぐにお前らはまた争う。表面上は正義を着飾り、自分たちの利益のために、それに害するものを蹂躙する。それがお前たち人間の習性だ」

「確かに愚かな人間はたくさんいる。人間は弱いから白くも黒くもなるもの。でも、気高くて強い人間だっている。それは人間だけじゃなく、エルフやドワーフ、獣人の中にだっているはず」

「そんなやつはごく一部だ」

「そう。少なくともあなたは違う」

「何!」

 

 メラニーの表情から怒りが滲む。


「あなたは弱い獣人。被害者の仮面をかぶれば何をしてもいいと思っている。あなたがやっていることはあなたが軽蔑する人間たちと大して変わらない」

「違う! お前らから始めた! お前たち魔術師が全部壊した! 全部お前らのせいだ!」


 メラニーは叫びながらルゥに斬りかかる。左手から振り下ろされる単純な軌道に合わせてルゥは影針でそれを受け止めるが、じりじりと力でメラニーが押し込む。



「お前も他の奴らと一緒だ!」

「私は自分の正義の定義からずれたことはしない。誰にだって否定させない」


 ゆるぎないまっすぐな目を向けられ、メラニーはたじろぐ。その瞬間、影針が液体化して、メラニーは勢いのまま剣の切先を地面に叩きつけていた。ルゥがメラニーの背後を取るより速く態勢を立て直し、異常な脚力で一歩前に踏み出してメラニーは距離を取る。 


「うっとおしい魔術師め!」


 顔を紅潮させて、怒りを発散させるように声を荒げる。

 メラニーは剣を構えたまま、突進。誰が見ても冷静さを見失い、怒り任せに突っ込んでいる。

 そう見せるための演技。

 すべては一撃のため。


(これで確実に殺せる)


 表情とは裏腹にメラニーは冷徹な計算の元動いていた。

 



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